11 朝

 また今度、と言いながら、それから彼は一週間、私にその事について話してくることはなかった。


 会話をしたのすら、班活動くらい。必用最低限の会話しかしていない。だからといって、何もないのかと思えば、授業中にチラチラ見てくることは前と変わらない。


 視線を感じて右側を見ると、ばっちり目が合う。その時に見せる笑顔は、この前よりもさらにパワーアップしているように思う。ましてや、たまにウインクをしてくるときさえある。


 それはまるでアイドルのファンサービスのようだ。何度私が無視をしても、懲りない。彼は、先生を見ている時間よりも、左に向いている時間の方が長いのではないだろうか。


 私もいい加減、授業に集中できない。それに、彼は私が知らないことを知っているということも気になって仕方がない。嘘の可能性もないとは言い切れないが。


…思えば、このときから既に、私は彼に落とされていたのかもしれない。


 気がつけば私も、先生の授業を聞くよりも彼の視線を気にする回数の方が多くなっていた。仕事中でも、家でも、彼と私の関係について考えるばかりだった。



 そして次の月曜日、私が朝早くに学校へ向かうと、教室に彼が一人でいた。

 

 私は、任されている学級委員の仕事のために随分早くに家を出た。私だけの都合で紳一を早く起こすのは悪い気がしたが、今日も二人で登校した。


 この時間のせいか、もちろんどのクラスのドアにも鍵がかかっている。しかし、一組の教室の鍵だけは開いていた。教室に入ると、私の隣の机で読書をする彼がいた。毎日こんなに早くからいるのだろうか。


 私が入ってきたタイミングで顔をあげると、入ってきたのが私だとわかり、顔が明るくなった。


「おはよう。」


 ばっちり目が合ってスルーするのもどうかと思い、挨拶をした。無視したところで、隣の席に荷物を置かなければいけない。


「おはよう、まゆみ。」


 もしや、これは話しかけるチャンスなのでは。自分の席にリュックを起きながら、今しかないことに気がついた。教室には私達だけ。時計を見ても、少なくとも次の生徒が現れる時間まで、十分ほど時間がある。


 誰にも聞かれる心配もない、時間もある。今を逃せば彼と話せる機会なんてそうそう訪れないだろう。


「あの、この前の話のことで。」


 微笑みながら本の世界へと戻りかけた彼に、リュックサックから荷物を取り出しながら話しかけた。


 読書中だから話しかけるのを躊躇うなど、今は考えている場合でない。


「ああ。まゆみは俺のこと、何も思い出さないよな?やっぱり。」

「わからないから、勿体ぶらずに教えてください。」


 彼が何を私に言いたいのか。私の何を知っているのか。早く、教えてもらいたかった。


「ネックレス。」


 一言だけ言うと、彼は口を閉じた。そして、ドアの方へ一瞬視線をながして、また本を読み始めてしまった。


 彼が本に視線を戻した丁度その時、勢いよく教室のドアが開いた。


「まゆみ、職員室行こう。」


 顔を覗かせたのは紳一だった。そうだ、学級委員の仕事を任されて、今日は朝早くに登校したんだった。危うく忘れるところだったが、彼と話す時間を無くしてしまったのは惜しい。


 それも、仕方ないこと。他のクラスの学級委員は昨日の放課後に終わらせた仕事を、私は今日の朝にまわした。昨日の放課後は、ドラマの撮影があったのだ。紳一は、作業を手伝ってくれるみたいだ。


「うん。」


 それにしても、紳一に、彼と話していたことはばれているだろうか。紳一と共にすぐに職員室へ向かい、頼まれた仕事をこなしていたが、私はどこか上の空だった。


…ネックレス。


 彼が言った言葉が引っかかる。あのとき、廊下から聞こえる紳一の靴の音を聞いて、話すのを止めたんだろう。


 ネックレスとは、あのネックレスの事だろうか?どうして彼がその事を知っているのだろう。もしかして彼に聞けば、ネックレスの謎が解けるのか。


 あの時、紳一が来るのがもう少し遅ければ、もっと詳しいことが聞けたのに。


 作業を終えて教室に戻ると、彼が一人でいるような事はなく、いつものように友達に囲まれていた。また、話す機会を逃してしまった。


 私がこの状況でも自分から話しかけられたらいいのに。そんなことをすれば、目立つのは避けられない。それに、何の話をしていたのかと聞かれれば、答えられない。


 また悶々と毎日を過ごさなければいけないのかと思って席に着いたときだった。


(今日、放課後二人で会える?)


 彼に話しかけられた。

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