8 転校生

「転校生を紹介します。」


 さきほどの始業式で一組の担任になることが発表された女の先生。今年からこの学校に赴任してきた先生で、担当は体育だ。年齢は、教えて貰えなかったが、三十代だろう。

 

 去年、私たちの学年を教えていた体育教諭は退職してしまった。みんなからの人気が高かった分、次に来る人がどのような人か不安だったが、優しそうな人で嬉しい。

 

 その先生が、私たちの話題に出ていた転校生を呼んだ。


 教室のドアが開き、全員が一斉に注目した。

 

「えっ。」「うわー。」「すご、格好いい。」


 入ってきたのは男の子だった。その子を一目見たとたんに、教室中がざわついた。顔が整っている。紳一とは違うタイプのイケメンで、例えるなら、俺様系。

 

 見慣れたはずの制服も、彼が着ていると、お洒落に見えてくる。周りの男子が着ている服とはまるで別物のようだ。

 

 みんながあちこちで話し出す。特に女子の顔はにやついている。


「はい、自己紹介お願いね。」


 先生の声で、教室が静まる。全員の視線が一点に集まった。


新庄しんじょうかいです。」


 顔立ちに似合った、女子の心をときめかせるような甘い声。今の一瞬で、一目惚れをした女子が何人いることだろう。


 彼は、ざっと教室を見渡す。一度目が合った女子は、完全に心を奪われてしまっていた。


 そして、彼の目線は私のところで止まった。見つけた、と言わんばかりに私に向かってあざとく笑い、


「これから、よろしくお願いします。」


 と、自己紹介の続きをした。最初は勘違いかとも思ったが、彼は絶対にこちらを向いている。

 

 クラスメイトは、知り合いなのか、という視線を投げかけてくるが、違う。今、初めて会った。彼が私に向かって言ったのは、私が芸能人だからか。

 

 それにしては、私を見つけた時、さほど驚いていなかったように思う。私がわからないだけで、会ったことがある人だろうか。


 …と、私は、わざと考え事をして、彼に笑いかけられた時に一瞬だけ心臓が、「トクン。」と鳴ったのを誤魔化していた。

 

 彼は簡単に自己紹介を終えて、先生に席に座るように促された。横を通るときに見た感じでは、身長は百七十五センチくらいだった。


「では、次は皆さんに自己紹介をしてもらいます。」


 彼が席に着いたのを見て、先生が話し始めた。次は、私たちの番だ。出席番号順に、名前と一言を言っていく。


 私はこの時間に、クラスメイトの、とりあえずは名前と顔を完璧に覚えなければならない。私はほとんど知らないとしても、向こうは私の事を必ず知っている。


 話しかけられたときに名前も知らないのでは、向こうに悪い印象を与えてしまう。私のイメージとして、それはまずい。


 頭の中の海馬に頑張ってもらいながら、私はこの中の誰よりも集中して、本来ならばどうでもいいはずの自己紹介タイムを過ごすのだった。





「まゆみの言った通り、海君で男だったね。」

「うん。」


 一時間目が終わった後の休み時間。彼の方へ視線を流すと、そこには人だかりができていた。噂が広まるのは一瞬だった。誰が流しているのか、クラスの入り口には他のクラスの生徒が大勢来ていた。


 その時、中心で質問攻めにあっていた彼がふとこちらを向いた。この場にいる人は皆彼に注目していたのに、私の視線だけを感じ取ったかのように。

 

 目が合った。彼がこちらを向くとは思っていなかったので、私は慌てて目を反らし、緑里との会話に戻る。


「まゆみ、本当に知り合いじゃないの?」


 私の行動を見られていたようで、緑里は不思議そうな顔をしている。


「うん、会ったことは無いと思うよ。」


 記憶を探るが、心当たりはない。


「でも、さっきからこっちはチラチラ見てるし、それに、

 まゆみも、名前知ってたじゃん。」

「私のファン、とか?

 名前は、たまたまそうかなって思っただけだよ。」


 彼が私のファンだと考えると、全て合点がいく。


「あー、ファンね。それがあるか。」


 緑里は納得したようだ。

 

 しかし、私のファンにしては自己紹介の時に私を見つけたとき、一切表情を変えなかった。私がいるのが当たり前のように、まっすぐにこちらを見ていたな。


…まさか、私がいる中学校を調べて転校してきたとか。


 もしもストーカーならば、その時は紳一に助けてもらおう。




 …彼が本当にただの転校生なのか。そうではないのか。私は、少し謎めいた転校生のことが気になり始めていた。

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