中学生

5 朝

「…み、まゆみ。」


 私を呼ぶ声がする。今度は、体を揺さぶられた。私は段々と夢から現実の世界へ引き戻される。 


 昨日は夜遅くまで台本を読み込んでいたために、まだ眠い。できればまだ寝ていたいが、今日から学校が始まるので、もう起きなければいけない。


 私を起こしているのは誰だろう、とは思わない。朝、私を起こすのは「パートナー」ぐらい。


 ゆっくりと目を開けると、横にいたのは案の定、紳一だった。


「おはよう。」


 私を起こした紳一は、不安そうにしていた。それに気づかないようにして、微笑む。どうしてそんな顔をしているのか、薄々気づいている。


「おはよう、、、

 まゆみ、涙流してるけどなんかあった?」


 紳一は尚も心配そうにこちらを見つめている。思った通り、それでわざわざ起こしてくれたのだろう。いつもは、私が紳一を起こすことの方が多い。


「何もないよ、大丈夫。」


 朝起きた時に、涙を流していることは多々ある。自分で泣きたいと思って泣いたわけではない。寝ている時に、無意識に涙を流している。そして、そのときは決まって、いくら思い出そうとしても見た夢は思い出せない。

 

 何かしらの意味はあるのだと思う。けれど、ずっとわからないまま。もう慣れた。この現象が起き始めたのは、そう、丁度五歳ごろから。


 それ以前の記憶は何故か曖昧で、思い出そうとしてもはっきりと思い出せない。

 

 きっと、あれだ。人間は三歳ごろに一度記憶をリセットする習性があるから。私は少しだけ遅かったのか、それとも何かトラウマになるようなことが起こって消えたのか、それとも…。


 いや、最後の可能性はないと思いたい。

 

 とにかく、泣いているのを紳一に気づかれたのは初めてだった。変に勘ぐられたりはしたくない。明日からは毎日、紳一より早く起きよう。


「それより、早く準備して学校行こう。」


 納得がいかずまだ何か言いたげな紳一へ無理やり話題を変えた。今起きた私が言うセリフにしてはおかしいと思うけれど。


「ん、ああ。

 先にご飯食べてるぞ。」

「うん。」


 今日から私たちは中学二年生になる。

 

 進級するからと言って、特別なにかが変わることもない。朝日の眩しさも、一階から聞こえてくるハツラツとした声も、今から着替える制服も、全部。

 

 昔見つけたネックレスの正体も、結局は何もわからないまま。たまに開けて眺めては、いろいろ考えて、しまう。その繰り返し。

 

 それでも、幼かった頃から何も変わっていないように見えて、私を取り巻く環境は変わっている。


 私の能力は、「芸能」だった。初めて受けた子役のオーディションで受かった日から、「深花家史上最高の逸材」と称されドラマも映画も舞台も何十本と出演してきて、いくつもの賞をとってきた。


 こどもなりに、「ナンバーワン」として呼ばれるからには、常にそれに似合うように振る舞ってきた。絶対に「深花家」の名前を汚さないように。


 するといつしか、私は完璧な存在だと思われるようになった。テレビの向こう側にいる人からも、家の中でも。もちろん、私は超人でもあるまいし、なにもかも完璧にはこなせない。


 時々紳一にフォローをしてもらいながら、今も私は頑張って、結果的に自分のハードルを上げ続けている。そういう紳一こそ、「私のパートナー」を完璧にしてくれている。


 紳一の能力も私と同じく「芸能」。紳一も私に負けず劣らずテレビで引っ張りだこ。紳一にそう言うと、いつも


「まゆみの足元にも及ばないけどな。」


と返される。が、私はそうは全く思っていない。いつも助けてくれる紳一には、感謝している。


「まゆみ、早く来いよ。」

「あ、うん。」


 紳一の声で我に返った。朝起きたすぐはこうして、ぼーっと考え事をしてしまうことが多い。


 慌てて時計を見ると、紳一に起こしてもらってから結構な時間が経っていた。まだ布団から出てすらない。早く支度をしなければ。紳一が待っている。

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