五歳の誕生日

1 五歳の誕生日

「-まゆみ、最後のキスをしよう。」



 人生で一番、忘れられない十分間。

 

 これまで幾度となく重ねてきた唇に触れる。

 本当に、これが最後。あなたにとっても、私にとっても-。


 



 


 私には、なぜか五歳までの記憶がない。私の一番最初の記憶は、私の五歳の誕生日。


 その日の朝、目が覚めると私は泣いていた。カーテンの隙間から、差し込む朝日が眩しく輝いていた。


 周りには、誰もいない。ふかふかなベッドの上に、一緒に寝ているはずの年上の人たちも、私の「パートナー」も。


 …さっきまで見ていた夢が、そんなに怖かったんだっけ。


 考えても、考えても、夢の内容は思い出せなかった。思い出す事を諦めて、枕元に置いてあったティッシュペーパーで頬を拭った。


 …泣くほど怖かったんなら、思い出さなくていっか。


 そう思いながら、起き上がる。寝室の隣にある、衣装ダンスが置かれている部屋で園児服に着替えて、朝ご飯を食べるために一階へ降りた。


 一、二階は、みんなのリビングルーム。大人になったり、別れて暮らしたいと言った人以外は、みんな本家ここで生活をしている。何十人の共同生活。私は、ここに住む人の正確な人数を知らない。


 階段を降りてすぐに、


 「ふははは。」


 と、たまたま近くにいた美華さんに笑われた。私の事を一目見ただけで笑うなんて。どうして笑われたのか分からないまま、少しムスっとした顔になると、


「まゆみー、今日土曜日だよ?

 制服、普通の服に着替えてきな。」


 と、美華さんは私が不機嫌になったことに気づいた様子で、まだ笑いながら上を指差した。


 …今日は、土曜日?


 一瞬で顔が赤くなった。

 

 「はい。」


 私は大きくうなずいて、たった今降りてきた階段をダッシュでかけ上がった。今日が土曜日だという感覚がない。感じた違和感。だけど、幼かった私はその違和感について何も考えなかった。

 

 恥ずかしい。その事で頭が一杯だった。


 また急いで私服に着替える。着替えるうちに、気持ちが落ち着いてきて恥ずかしさがなくなってくると、代わりにお腹がすいてきた。今度こそ朝ごはんが食べたい。


 お気に入りのピンクのスカートをはき終えた私は一階へ降り、勢いよくキッチンのドアを開ける。


「おはよう、まゆみ。お誕生日、おめでとう。」

「ありがとう、ございます。」


 そこにいたのは六人。勇にい、彩佳ねえ、伊竜さん、美華さん、理巧君と、夕美さん。どうやら私をお祝いするために、朝ごはんを食べ終えた後に待っていてくれたようだった。みんな笑顔で私の方をを見てくれるけれど、私はまた、疑問が生じていた。


 …今日って、誕生日だったっけ?


 その疑問も、一人、私を見てまだクスクス笑っている美華さんに気づいたら、いつのまにか消えていた。


「さ、まゆみ、ご飯食べて。」


 美華さんは私の視線に気づいてか、ごまかすように私を食卓に座らせた。目の前に置いてあったのは、誕生日だからいつもより豪華な朝ごはん、という訳でもなかった。だけど、サンドイッチの横に添えられていたフルーツの盛り合わせを見て、一気に嬉しくなった。


「嬉しそうで何より。夜に豪華なディナーが待ってるからねー。」

「あと、俺が作るケーキもな。」


 夕美さんと、理巧君の言葉に、私は胸を膨らませた。夕美さんの能力は料理で、理巧君の能力はスイーツ。二人は他の人たちと交代で、よく本家のご飯を作ってくれる。


 夕美さんも理巧君も大人。でもなぜか理巧さん、とは誰も呼んでいない。理巧君は私たちとも同じ目線で話をしてくれるから、みんなから理巧君と呼ばれている。


 …夜ご飯、楽しみ。


「いただきまーす。」



 -みんなからの「おめでとう。」に包まれて、私は全く気づいていなかった。昨日までの記憶を、消されていることに。


「おいしい。」


 そのことに気づかず、呑気にサンドイッチを頬張っていた私は、あることに気づいた。六人のなかに紛れ、もう一人いたことに。

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