最終 mission ホワイトデーに見る色は?
来たる三月十四日午前八時二十五分四十二秒。
ホワイトデーの今日。珍しく時間ギリギリに登校したニッシーのことをクラス中がチラチラ気にしてるのが分かる。
何でだろう。
あたしは、バレンタインの日から気になってるけど……。
「
横目で隣に座るニッシーを見てたら突然声を掛けられて驚いた。だって視線は自分の机に落としたままなのに、腕だけあたしの方に伸ばしてるんだもん。
その手には、ブルーのリボンが付いた全体的に英字のプリントされた小袋が一つ。
「えっ? わぁっ、これ駅裏にできたばっかりのチョコレート専門店の袋だぁ」
今すごく人気で、店内に入るのも少し並ぶってみんなで話題にしたことがある。
憧れと羨望の眼差しでそれを見つめてたら、ニッシーがそっとあたしの机の上にその袋を置いて、やっとこっちを見てくれた。
「バレンタインのお返し。つって、俺が勝手に食べただけなんだけど」
「ありがとう、ニッシー! ここの、一回食べてみたかったんだー。でも、いいの? ここ、結構高いんだよね?」
「や、そんな気にする値段じゃないから。……一椛の喜ぶ顔、見たかったし」
窺うように上目遣いであたしを見るニッシー。
「え……?」
大げさに胸が跳ねて、返答に困った。
でも、あたしが何か言う前にニッシーは慌てて席を立つ。膝を机の脚にぶつけながら。
「ま、まあ、そういうことで! なあっ、俺、今日、当たんだけど誰か数学のノート見せてー!」
大きな声で言いながら離れてくその耳が、背中越しに何となく赤い気がするのは気のせい、かな。
手元に残った袋に触れる。微かに甘い香りが届いて、大きく小さくあたしの心を揺らしてく。
お、終わり? まあ、そうか。そうだよね。
なん、だ。
なんか、変な期待、しちゃった……。
少しだけ落胆に近い感情に、無理矢理手を動かして机の横に掛けてあるリュックの中へその袋をしまい込んだ。
後で杏里と一緒に食べようかな。
もし分けられそうなら、オダさんやタナカさん、バレンタインの時に助けてくれたみんなとできるだけ分け合いたい。
楽しく笑いながら。
そうだ、笑ってないあたしって、なんかあたしらしくない!
「よしっ」って小さく気合を入れて、他の子の輪に加わろうとあたしも席を立った時だった。
「……っ、あああ、西嶋君! いい加減にしてくれよっ」
「なっ、何だよ委員長」
突然の委員長の大声に、クラス中が驚いて委員長を見る。委員長は席から立ち上がるなり、キッとニッシーを振り返った。
「何だよじゃないよ! 君がいつ告白するのか気になってさっきから僕は同じ問題を十五回も解いてるんだよっ。もう計算なんかしなくたって答えは②なんだよ!」
「知らねーよ! 分かってんなら次の問題行けよっ。つーか、何だよ、こ、告白って……」
二人の会話にズキリと胸が痛んだ。
あたしこそ知りたい。
ニッシーが告白って、何?
「あの日うっかり惚れかけた君はどこへ行ったんだ。これじゃヘタレ男子代表のままじゃないかっ。いいか、僕だけじゃない。君のヘタレ男子卒業はクラスの総意なんだよ!」
「はっ? 俺、このクラスでヘタレ男子代表って思われてたのかよっ! 杏里、知ってたのか?」
ニッシーの問い掛けに今日は朝からずっとスマホで会話してる杏里がニッシーを見た。
周りからは「さすが委員長、よく言った!」「頼りになるー!」なんて称賛の声が上がってる。
「えー? それ知らないの一椛だけだから。ていうか、私、今たっくんと話してるから邪魔しないで。あ、ごめんね、たっくん。なんかニッシーがうるさくて。うん、そう、相変わらずヘタレなんだー。たっくんの方が断然かっこいいよ。えー? やだぁー」
「……杏里はいつの間にか彼氏できてるし。今日は全然使えねーな」
一人ぶつぶつ言うニッシーが杏里を見てる。
いつもの、よく見る姿なのに、今はなんか落ち着かない。
なんか、気になる。
なんか、もやもやする。
なんか、嫌だ。
そんなに、見つめないで……。
「……ニッシー! 好きな人、いるの? だ、誰? あた、あたしの、知ってる人っ?」
気付いた時には口から出てた。
ニッシーが反射的にあたしの方を向く。
やっぱり杏里のことが? それとも他の誰かなの? 委員長も、みんなも知ってるのに、どうしてあたしには何も言ってくれないの?
たくさんの憶測と疑問が浮かんで、胸が痛くなってくる。もうぎゅっと掴んでないと、この痛みに負けちゃいそうな気がする。
知りたいのに、知りたくない。
この矛盾した気持ちは何なんだろう。
「だから何でクラス中知ってんのに一椛には伝わんねーんだよっ。ていうか、バレンタインの時に勢い余って言ったっつーの……」
後半は小声になりながら、真っ赤になった顔に右腕を当てるニッシーがこっちに向かって歩いて来る。
「……一椛、今いい?」
「え? 何? やだ、怖い」
あたしの目の前でニッシーが立ち止まって、あたしは半歩後ずさってしまう。まだ前腕で顔の大部分を覆ってるけど、それでもこれ以上ないって位ニッシーが赤面してるのが分かる。
ニッシーにそんな表情をさせる相手は、誰?
聞くのが怖いよ。
「おら、席着けー。ホームル……」
「先生! 大人なら察して下さい!」
「おっ、おうっ?」
ホームルームの開始を知らせるチャイムの音も、先生と委員長のそんな会話も、あたしには自分の心臓の音でいっぱいで全然聞こえなかった。
今はニッシーしか見えてない。
ニッシーの言葉しか興味ない。
数秒が数時間みたいに感じた後、ニッシーがすうっと一度深呼吸して、あたしの目を見た。
「お、俺、一椛のこと、中二の頃から好きだった。腹壊した時には意識朦朧として一瞬考え直すとこだったけど、やっぱ好きだ。だからもう、他のやつ、好きにならないで……」
「……え? あた、し……?」
こくんと大きく頷いたニッシーが、目を伏せ今度は拳を口元に当てる。
「五十点」「いや三十点でしょ」「あー、告白の台詞考えてあげれば良かった!」
そんなクラスメイトたちの声に「うるっせーなぁ!」後ろを向いてニッシーが叫んでる。
「……ニッシー。ねぇ、ニッシー」
「何だよ、もうこれ以上はムリだからなっ!」
ニッシーのブレザーを軽く引っ張ると、ニッシーがまたあたしを見てくれる。あたしもニッシーを見上げて見つめ返した。
「あたし、挙式はハワイがいい」
「きょっ!? はあっ? あっ、相変わらずぶっ飛んでんな、一椛はっ」
動揺を隠し切れないニッシーが「い、今の直訳すると、俺のことすげー好き! って意味でいいよな、杏……みんなっ?」なぜかクラスメイトたちに確認してる。
うんうんって頷いてるみんな。
「それで、ハネムーンは豪華客船で世界一周するの」
「あっ、あのなぁ!」
「何?」
「……そ、その前に俺、彼氏に、なっていい?」
あたしは笑顔と、よく分からないけど涙が溢れてくる。
「うん。ニッシーがいい……。良かった。ニッシーが他の人好きだったらどうしようって、あたし、ずっと怖かったんだー」
あたしは今、ちゃんとニッシーに笑えてるかな?
「やっべー、一椛が可愛過ぎる! 一椛、直訳すると、俺のことが大好きだ! って意味でいいんだよなっ?」
「うん。
「わーっ、待てっ! いきなり二つもハードル越えて来んなっ。もー、マジ無理……」
「ダメ?」
あたしの確認に、
「ダ、ダメじゃねーよ……。慣れるまで、一個ずつ交互に言って」
そう答えてくれたニッシー。「何それー」って笑ったら「嬉し過ぎて、俺、今、ちょっとおかしいかも」って、ニッシーの目には涙が滲んでる。
「先生! 早急に席替えをしましょう。気が散って授業に支障が出るおそれがあります!」
委員長の本気の訴えに賛成の声が多数上がる。
「何でだよ、委員長っ! やっと両想いになったのに!」
「何だ、このクラス。担任いなくてもすげー結束力だな。……初めてだー、こんな疎外感」
春休み直前のホワイトデーの朝。
開花には少し早い桜色に染まるあたしとニッシー。
きっかけは二月十四日に一度行き場を無くした秘薬だったけど、こんなあたしのことを応援してくれるみんながいて。いつも見守ってくれる親友がいて。
ずっと想ってくれてたニッシーがいた。
それに気付けたことがすごく嬉しい。次はあたしがみんなのことを応援したい。
そうやって、今こうしてあたしたちのことを祝福してくれる一年一組のみんなが、幸せ色に包まれたならいいなぁ。
「あ、そうだ、ニッシー。あの惚れ薬ね、レシピ本の一番最後のページにすーっごく小さい字で、効果は完成後二十四時間以内って書いてあったんだー。だから、あの時言ってくれた言葉は全部、本心だったんだね」
二月十四日の秘薬 仲咲香里 @naka_saki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます