それでもこの冷えた手が

余記

第一話 冷たい手の理由

その昔、魔王と勇者が激しく争っていました。

そして、勇者の一撃が激しく魔王を傷つけたのです。


傷ついた魔王は、時空を超えて、とある場所に行き着きました。

そこに都合よく置いてあった棺桶を見て、ホッとひと息つきます。

魔王の種族は、吸血鬼。

故郷の土こそ敷き詰められていませんでしたが、棺桶は吸血鬼にとって、傷を治すには具合がいいものなのです。

早速、中に入っていた邪魔なものを引き出して魔王は休息する事にしました。




「おやっさんおやっさん!大変だ!中で仏さんが暴れてる!」

新人の火葬場職員は言いました。


「若けぇの、そんな驚くなや。死体の中の水分が熱せられて動き出しているだけだでよ。」

ベテランの職員は慌てずに言います。

ですが、今日の死体は、いつもより少し元気がいいようです。


亡くなった方は、市の運営する火葬場の釜で焼かれる手はずになっているのですが、ご遺体の状態によっては、おやじさんの言葉通り動く事はあります。

ですが、絶叫をあげるようなのは、居ないはずでした。


「なぁに。もし、間違って生きていたとしたって、灰になるまで焼き尽くすから問題ないべ。」


にたり。


そんな凄みを感じる笑いを浮かべて話すおやじさんの顔を見て、新人くんは思わず背筋が寒くなる思いをしたのです。




彼女の手は冷たい。

湯で温まってきて、それでもこの冷えた手の理由を聞いた時に話してくれたのが、この益体もない話だった。


「うん。おもしろかったけど、この話がどうつながるの?」

反応に困って、そんな事を言うと、


にたり。


と、彼女はそんな笑いを浮かべた。

真っ赤な唇がめくれ上がると、チャーミングな八重歯が覗く。

恐ろしい、と思うと同時に彼女に惹かれてしまった理由だ。


そして、彼女は言った。


「お話の中で魔王が入った棺桶なんだけど、先客が居たみたいなの。」

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