Green eyed(2)
文化祭当日。
各クラスや部活動、生徒会の手で飾られ、すっかり景色を変えてしまった校舎の廊下で、スマホが振動した。
授業中の携帯使用は禁じられているが、文化祭の会期中は終日休憩時間みたいなものだろう。掌の中で浮かび上がる隼人からのメッセージに、勇哉は足を止めた。
『トラブル発生。クラスの方、手伝うことになった』
ごめん、と子猫のスタンプが謝っている画面を呆然と眺めていると、パタパタ近付く足音があった。
「隼人、一緒に回れないって」
同じくスマホを手にした美祈が駆け寄ってきた。珍しく笑顔が出ていない。心底残念そうな、悲しそうな表情に、勇哉はひとつの仮説をたてた。
隼人が隠しているつもりの戸惑いや不安を、美祈は自分たちが思っているよりずっと明確に感じ取っているのではないか。
元気付けるつもりで、勇哉は美祈の癖ッ毛を撫でた。
「あいつらしいじゃん。なんのかんの言って、困ってる奴を見捨てられないんじゃね?」
もうひと撫でしようとした手が、払いのけられた。
何が起きたのかと虚になる勇哉の前で、咳払いをする私服の男子が居た。きょとんとした勇哉と目が合うと、彼は深く頭を下げた。
「妹がお世話になっています。森野由嵩です」
お辞儀をした拍子に、廊下に張り出した立体飾りが腰に当たった。それを、通行人に当たったと勘違いしたのか、頭を上げる前に振り返り、飾りのクマへ深く謝罪する。
「由嵩、それ、クマだから。で、こっちは陸部の勇哉だから」
慌てる美祈に、由嵩が罰の悪そうな顔をあげた。
なるほど、ショッピングモールで見た顔と同じだ。遠目では分からなかったが、こうして美祈と並ぶと、目元や鼻の辺りがよく似ていた。一卵性ではないのでそっくりとは言えないが、普通に血の繋がりを感じさせる相似だ。
「何も言わず走るから、てっきり」
「ごめん。隼人、急にクラスの手伝いになったって」
兄を労う美祈に、勇哉の頬は自然と緩んだ。やはり美祈は可愛い。などと鼻の下を伸ばしていると、由嵩から剣呑な眼差しと殺気を浴びせられた。
「そ、そういえば、隼人のクラス、あと三分で開幕だぞ。来れないなら、こっちから行ってやらないか?」
促すと、美祈もスマホで時間を確認した。
急げば間に合う。
狭い廊下を散策する人ごみを掻き分け隼人たちの教室前にたどり着くと、呼び込み係りの生徒が扉を閉めようとしているところだった。
入って、と押し込められる。背の低い美祈を先に通し、すぐ後ろに続こうとして由嵩に押しのけられた。
先程からあからさまに美祈へ近付くことを邪魔している。妹を大切に思うゆえの行動だろうか。これでは隼人も、相当苦労しそうだ。
生徒用の机は事前に特別教室へ運び出されていた。教室の窓側半分に舞台が設けられ、廊下側半分に客席として椅子が並べられている。
満席だった。座りきれなかった保護者や受験希望の中学生、当校の学生たちが壁に沿って立ち見している。陸上部の先輩で、なにかと隼人を毛嫌いしている阿久津の姿もあった。
このクラスの生徒たちが、持ち場へ移動するために、客を押し分けていく。勇哉も由嵩も、そして美祈も、誰かに押されてよろめいた。
由嵩が不機嫌を隠さないまま、小声で美祈へ問いかけた。
「演目は、何なんだ?」
「オセローだよ。由嵩、好きだよね」
隼人の話では、出鱈目な訳をつけてギャグにしていると言っていたが、大丈夫だろうか。他人事ながら不安になった。
よくある開始ブザーが鳴り、照明が消された。遮光性のあるカーテンをピタリと閉めた室内は、辛うじて隣の人の顔が見える暗さになった。
客席のざわめきが低くなる。
カチリと小さな音がして、どこから借りてきたのか、投光機が光の筋を作った。舞台上の男子生徒が照らし出される。彼は下ろしていたスケッチブックを無言で掲げた。マジックペンで黒々と、タイトルが書かれていた。
続いて、背の高いベニヤのパネルの後ろから、一人の男子生徒が光の中へ入った。制服のシャツの上から大きめのTシャツを重ね、その上からベルトを締めているだけの簡易な衣装だが、なかなかに雰囲気を醸し出していた。抑揚の乏しい英語で語り始める。
オセローの粗筋は、中学の英語で習ったのでぼんやりと覚えている。確か、美しい妻を娶った軍人のオセローが、部下の悪巧みに嵌められて妻の不倫を疑い、嫉妬のあまり殺してしまう話だ。
出鱈目な訳をつけると隼人は言っていたが、粗筋は踏襲しているようだ。
延々と、部下によるオセローの悪口が続く。足が臭い、俺の買ってきたプリンを横取りした、など、内容はともあれ、悪口であることは確かだった。観客の間から、クスクスと笑いが起きる。
悪口がひと段落したところで、主役が登場した。英語検定でハイスコアを出したとあって、流暢な喋りだ。続いて、ネグリジェのような服を着た妻、デズデモーナ役が登場した。
男子生徒の集団を中心に、どよめきが漏れた。
なるほど、美しい妻の役を引き受けるだけはある。胸の辺りまでのストレートヘア。ほっそりとした立ち姿。メイクを施していない首筋や手首の白さ。そして、唇から淀みなく流れ出る、イギリス英語、らしきもの。残念ながら、リスニングの苦手な勇哉にはよく分からなかったが、話題に上るだけの可憐さが滲み出ているのを認めた。
感嘆の息は、勇哉の目前からも立ち上った。顎を引いて見下ろせば、由嵩が口を半開きにして舞台に見入っていた。いや、デズデモーナの動きを目で追っている。
夫に責められ、苦悶し、悲しむ妻。演技も上手く、台詞の意味が分からずとも伝わってくるものがあった。
字幕は相変わらずギャグに走っているようだが、眼中に入ってこなかった。笑いが減ったからだろうか。字幕を掲げる男子生徒が、さり気なく舞台の中央寄りに身を乗り出し始めた。時折、台詞を書いたスケッチブックを揺らしてどうにか見てもらおうと涙ぐましい努力をしている。応えてやろうと文字を追っても、気がつけばデズデモーナの姿へ目が吸い寄せられていた。
自分の手で殺めてしまった妻の亡骸に覆いかぶさり、愛の言葉を囁いて自らも命を絶つオセロー。
最後の台詞が終わった後、教室内に静寂が満たされた。誰も身じろぎひとつしない。裏へ回っていた役者も含め全員が舞台となる前面に並んで礼をしたところで、思い出したように拍手が湧き起こった。
「すごいな」
由嵩が呟いた。目は依然、デズデモーナを追っている。熱を帯びた眼差しに、勇哉は、ははん、と頷いた。
落ちたな。恋に。
オセロー同様に、由嵩はデズデモーナにすっかり心を奪われていた。彼が自分の恋に夢中になれば、美祈への過保護も弱まるかもしれない。
「隼人がどこにいるか、聞いてみようぜ」
口実を作り、隼人を通じて由嵩に彼女を紹介させてやろう。下心満々で、退室する人の流れをぬって舞台へ近付いた。
役者たちにたどり着く前に、デズデモーナの足元へ跪く阿久津の姿が割って入った。
「風間さん。いや、素晴らしかった。そして、美しい。ぜひとも、この阿久津重治と付き合ってくださいっ」
いきなりの公開告白に、付け睫毛をした目が大きく見開かれた。驚き一割、ドン引き九割の様子だ。さすがの美祈も、苦笑いで振り返った。
「シゲ先輩、やっちゃったねぇ」
「ったく、なに考えてるんだか」
頭を抱えたくなる。うろたえるデズデモーナに、阿久津は尚もにじり寄った。
どこからか聞こえてきた柔らかく、しかしピシャリとした英語に、赤点常習者の阿久津は細い目を見開いた。続いて、固いもので床を突く音がコツリ、コツリと近付いてくる。
「ありがとう、だけど立ち去って、て言ったの。顔もロクに知らない相手に告白するような人に興味はないわ」
松葉杖を脇に、それでもニッコリと微笑む女子生徒の肩で、顎の長さで切りそろえられたストレートヘアがサラリと揺れた。彼女の髪は、全く癖がなく、常に重力に従い毛先が真っ直ぐ下りていた。
阿久津の顎があんぐりと落ちた。
クッと、デズデモーナが喉の奥で笑った。悪戯っぽく阿久津を見上げると、わざとらしい笑みを浮かべた。
「こちらも、特定の恋人がおりますので、お断りさせていただきます、シゲ先輩」
「せ、瀬尾!?」
間違いなく、デズデモーナの口から発せられる声は隼人のものだった。さすがの勇哉も驚きに言葉が出ない。が、美祈だけは楽しそうに笑っていた。
「すごかったよ、隼人。風間さんの台詞に口パク完全に合わせるなんて」
「でしょ?」
風間が誇らしげに胸を張った。
「私達が練習している側で大道具の作製しながら、台詞も動きも全部覚えているんだもの。代役は瀬尾しかいないって」
人並み外れた観察力、記憶力、再現力そして演技力。
「全然、分かんなかった」
「ま、照明暗かったし」
ニヤリと笑う顔は、メイクを施されているとは言え、完全に隼人だった。ただひとり、美祈だけはケロリとした顔で小首を傾げた。
「えー。出てきてすぐに気付いたよ。隼人、女装似合うなぁって。今度、そのメイクで一緒にショッピングモール行こうよ」
「……勘弁して」
額に指先を当て、目を閉じて溜息をつく姿もどこか艶めいて悩ましい。無意識に仕草まで女性らしくしている気がした。
衝撃に固まっていた阿久津が、ジワジワと解凍されてきたようだ。じり、と後ずさりすると、全身を戦慄かせた。小刻みに震える指先を隼人へ突きつけ、唇を数回開け閉めさせる。
ショックの大きさに理性を失い、騒ぎを起こしかねない。
警戒し、勇哉はいつでも間に割って入れるよう腰を落とした。
あ、とか、う、という言葉にならない声を発した阿久津が、逆に唇を引き結び、尖った喉仏を大きく上下させた。そして、突如踵を返し、廊下へ飛び出した。
「青春のバカヤローッ」
続く雄たけびが遠ざかっていく。
やれやれと息をつき、勇哉はもう一人、硬直を解除できないでいる由嵩を見下ろした。美祈によく似た目を見開いたまま、微動だにしない。
どうしたものか。指先で頬を掻くと、思い切って声をかけた。
「あいつが、美祈の彼氏だけど」
まさか、こちらも架空の美少女に失恋中、なのか。まだぼんやりとしている由嵩の視線を辿り、勇哉は眉を上げた。
彼の目は、美祈と楽しく喋っている風間に釘付けになっていた。
劇中の聞き取れなかった台詞について問う美祈に、風間は熱を込めて説明していた。頬が薔薇色に染まっている。余程のシェイクスピア好きのようだ。オセローだけではなく、他の作品についても語っている。
不意に美祈が振り返った。
「由嵩、風間さんと絶対話合うよ」
急に話を振られ、由嵩ははっきりと狼狽した。首まで赤くなり、ぎこちなく顔を伏せる。
興味を示した風間が、松葉杖をついて近付いた。輝きを孕んだ目で、僅かに背が高い由嵩を見上げる。
「シェイクスピア、好きなんだって? どの話が好き?」
「オ、オセローが」
「そうなの? どの辺が?」
食いつかんばかりに風間が身を乗り出した。松葉杖が極限まで傾く。勢いに押されて仰け反る由嵩の顔が、さらに赤くなった。
しかし、話をしていくうちに熱が入り、饒舌になっていく。時折原語の台詞も入り混じり、そうなると勇哉にはもう、入り込む隙間など誰にも見つけられなかった。
美祈は、しばらく双子の兄の様子を目を細めて見ていたが、再び隼人の隣に腰を下ろした。といっても、ひとつの椅子の座面を半分空けてもらい、そこへ軽く尻を載せている。当然隼人と接している部分も多いが、デズデモーナの姿のままなので油断すると仲の良い女子生徒同士に見えた。
鬘の長く真っ直ぐな人工毛を、美祈は手の中で束に分けた。楽しそうに三つ編みを作り始める。
「そっかあ。風間さん、怪我したの昨日の夜なんだ」
「最初は断ったけど、今朝クラスで話をする中で、仕方ないなって」
一緒に回れなくなったことを詫びる隼人に、美祈は首を振った。
「来年は一緒に回ろうね」
「う、ん」
隼人の答えに、ほんの僅かな引っ掛かりがあった。
元恋人の突然の事故死が、頭を過ぎったに違いない。
将来、来年、明日、もしかしたら今この瞬間の一秒先に、人生が暗転することもある。身を持って知ってしまった隼人に、来年の約束は酷なのかもしれない。
そこにない何かを見つめる眼差しが、胸に小さな針を突きたてた。
美祈の細い指が毛束から離れた。張りのある鬘の毛はハラハラと元の真っ直ぐな状態へ戻っていく。
手元を見つめる美祈の目もまた、悲しそうだった。今すぐにでも駆け寄り、抱きしめたくなる。勇哉の腕では、慰めることもできないだろうけれど。
だが、それも一瞬だった。
目を閉じた美祈は、瞼で瞳の翳りを拭い去っていた。柔らかそうな唇の端を緩やかに持ち上げ、隼人の視界に入れるよう、目の前にしゃがみこんだ。
「そういえば、模擬店の唐揚げが好評だって。隼人が狙ってた店」
「あ、ああ」
「買ってこようか? 由嵩の唐揚げとどっちが美味しいか、比べてみようよ」
にこやかに促す。まだ半ば上の空ながら、隼人は美祈へ微笑みを向けた。
「由嵩の方だろ」
「分かんないよ」
「だって、俺、今まであれ以上の食べたことないよ」
脈絡が分からず首を傾げる勇哉の横から、もの凄い形相で由嵩が飛び出した。隼人の肩をいきなり掴む。
「お前、いつの間に俺の作ったおかず食ったんだ」
剣幕に、隼人は目を丸くした。美祈も眉の端を下げ、憤る兄を軽く諌めた。
妹のために作った弁当を盗み食いした犯人に制裁を加えるつもりなのか。由嵩は隼人の肩から手を離し、肘を引いた。
止めようとした勇哉は、由嵩が隼人の手をがっしり握りこんだのを見て唖然とした。
「さっきの言葉、本当? 美味かった?」
言葉に詰まりコクコクと首を縦に振る隼人に、由嵩の顔が綻んだ。感激のあまり泣き出しそうな、いや、本当に袖口で目元を覆う。
「料理作って褒められたのなんか、初めてだよ」
「良かったね、由嵩」
森野家には、人知れぬ事情があるのか。おかずリクエストを熱心にスマホへメモする由嵩と、戸惑いながら美祈の弁当をつまみ食いしていたことを詫びる隼人。先程の暗い気持ちは、完全に忘れ去っているようだ。
強引だが、見事な逸らせ振りに勇哉は舌を巻いた。直球で正面から話を聞きだそうと、向き合わせようとする自分には出来ない芸当だ。計算した上なのか、天然なのか。美祈は二人の様子を、温かい眼差しで見守っている。
勇哉はカメラモードのスマホを掲げた。画像データに変換された隼人は、穏やかに笑っている。今までに見たことのない表情だった。
事故の前の、どこか自信に満ちたやんちゃな笑顔とも違う。悲しみと後悔を抱え込んでいるのを誤魔化すための、嘘に固められた笑顔とは比べようがない。
寂しさを内包しながらも、目の前にいる美祈への慈しみから自然と引き出されたような穏やかな笑顔。
「目が緑よ」
風間の声に、我に返った。聞き返すと、彼女は英語を口にする。
「Green eyed monster」
辛うじて聞き取れた発音を口の中で復唱する勇哉に、風間は付け足した。
「シェイクスピアの時代の医学的解釈から生まれた言葉よ。気質と体液を関連付けていて、オセローのような嫉妬に走りやすい気質の人は黄胆汁が多いんだって。その色と関連付けて使われているんじゃないかと言われているんだ」
「はあ」
気の抜けた返事をしながら、必死に頭の回転速度を速めた。どうにか理解すると、釈然としない顔で口を尖らせた。
「別に、俺は。そりゃ、美祈と付き合いたいと狙っちゃいたけど」
美祈が隼人を選んだと聞いたときは、多少の葛藤があった。未だに美祈には特別な感情を抱いている。だからといって。
「みのりんから一番いい笑顔引き出せるんはあいつだと思っているし、なんのかんの適わねぇとは思うけど」
自分でも可笑しいくらい、しどろもどろになってしまった。何故こうまでうろたえなくてはならないのだろう。変に噴出した汗を袖で拭った。
顎に人差し指を当て、しばし考える素振りを見せていた風間が口を開いた。
「ていうか、森野さんに嫉妬しているように見えたけど」
「は?」
「木村って、瀬尾とべったりだったもんね。森野さんに取られて、寂しいとか」
からかわれているのかと思いきや、風間は真面目に、気遣うような表情すら浮かべていた。
「ないないないない」
「いいのよ、取り繕わなくっても。尊いから」
「はあぁ?」
両手と首を振り回して否定するものの、妙に心拍数が上がっていた。
いつからか、隼人が心を任せられる相手になりたいと、考えてはいた。幼馴染みだから誰よりも彼のことを理解できていると、驕っていた。
実際は、どうだろうか。
自分では癒してやれなかった凍えた心を、美祈は辛抱強く、徐々に溶かしている。何も考えていないような無垢な笑みを浮かべながらも、その実、美祈は冷静に、的確に隼人の心に寄り添っている。時に気遣い、時に気付かない振りをして距離を置き。
気がついてしまった。今、隼人が必要としているのは勇哉ではなく、美祈だ。
それが、妬ましい。
「か、風間って、いわゆる腐女子とか?」
ぎこちなく乾いた笑いが出た。しかし、風間は僅かに口角を上げただけだった。
「ジェラシーって、色恋に限った話じゃないと思うけど?」
「だ、だよなぁ。俺は、隼人より、まだ風間みたいな美少女が側にいてくれるほうがいいけどなぁ」
いつもの軽口をどうにか取り戻した。心臓は未だに動悸を収めない。
「ありがとう。でも、私はやっぱり、大好きなシェイクスピアについて一緒に語れる人とお付き合いしたいな」
それって、と確かめるのも野暮というものだろう。風間は長く、綺麗に曲線を描く睫毛越しに由嵩を見つめている。
当分、独り身を貫くことになりそうだ。嘆息すると、ふと思いついて先程の画像を呼び出した。
「次の準備するよ」
誰かが叫んだ。このクラスの劇スタッフがのんびりと動き始める。
隼人と離れ、勇哉の手元を覗き込んだ美祈が顔をほころばせた。
「その写真、ちょうだい」
「オケ。超レアな隼人だもんな」
鬘を整えられていた隼人が、妙な声をあげて振り返った。ヘアメイク係が苦情を垂れる。
「瀬尾、動かないで」
ぐい、と頭を固定され、隼人は目だけを勇哉へ向けた。
「ちょっと勇哉、いつの間に撮ってんだよ」
「さっき。後でお前にも送るよ」
「要らん! てか、絶対にりっくんに送ったりすんなよ」
「あー。はいはい」
隼人の兄とは、今も時々連絡を取り合っていた。隼人の家に遊びに行っていた時分、よく遊んでくれた延長だ。
特に用事がなくても、ふらりとメッセージを送ると返事をもらえる。理人からも、思い出したようにメッセージが来る。緩い遣り取りがあるのを、隼人も知っていた。
「送らないってば」
もう、送った後だからと心の中で呟く。
「んじゃ、唐揚げでも買いに行くかな」
疑念の籠もる隼人の視線を背に、軽く手を挙げて、がんばれよと応援を残した。
手の中でスマホが震える。
理人の返事は、盛大にコーヒーを噴出すパンダの動くスタンプだった。
〈Green eyed・了〉
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