第278話 スコルピウス
『頭領ぉ! こっちの準備が整いました』
城壁塔の方から
敵の騎馬隊は砦の外周を回り、正門から見て後側面側へ攻撃を仕掛けている様だ。
砦の後背面側には石造りの宿舎等が造られているが、今は
城壁も高く比較的濠も広いこのエリアは、数人の哨戒兵だけを残して放置しているのが実情だ。
何しろ残存部隊は僅か百名余り。奴隷等を含めても百五十には及ばないだろう。
守備兵に余力の無い現状では、城の防御力を信じるしか方法が無いのだ。
『おぉ、今行くぞっ!』
たった今まで野戦兵用の大ぶりな盾に身を隠し、ただひたすらに降り注ぐ矢を
彼は掲げていた盾を背中に担ぎ直すと、近くに居た美紗にも声を掛けた。
『おいっ、嬢ちゃん、
『最新兵器?』
『おぉう。俺が造った一級品よぉ。まだ持ち運びと設置に時間が掛かるがな』
彼はそう話すと、笑顔のまま城壁塔の方へと駆け出して行く。
美紗はベルタとブルーノを引き連れ、急ぎ
『……』
しかし、走り出したばかりにも
急ぎ元いた場所へ戻って来たかと思うと……。
――ボクッ!
『ぐぇ!』
そこには、いまだ
しっかり美紗から足蹴をお見舞いされた彼。
「ふんっ!」
美紗はそれだけを言い残すと、
『ルーカスさん。美紗様はちゃんとルーカスさんを気にかけておいでです。早く来いって言っておられるのですよ』
涙目状態のルーカスを助け起こしてあげたのは、苦笑い状態のブルーノ。
ここは男同士、気持ちの通じる所もあるのだろう。
ただ
◆◇◆◇◆◇
『どうだい? 調整は?』
『完璧ですぜ。軽く二百八十は飛びますよ』
城壁塔の上では、
『頭領さん、これ……バリスタね』
『ほぉ? お嬢ちゃんの国にもあるのかい? 帝国ではスコルピウスって言うんだがな』
木製で組み上げられた土台の上に台座が一つ。
射撃台に配置されているのは、かなり大ぶりの
『どうだい、凄ぇだろう? 原理は
満面の笑みを浮かべ、その構造を説明する
となりで聞いている弟子の方も鼻高々である。
『
『おっ! 嬢ちゃん、嬉しいねぇ、分ってるねぇ。そうなんだよぉ、ちなみにな、この射撃台を傾斜させると、それに合わせて照準器の高さも変わる様になってるんだぜぇ。有効射程距離は二百八十メートル。普通の弓の二倍以上ある。これさえあれば、どんな敵だってイチコロよぉ!』
『おいおい、
楽しげに談笑する
確かに、例の騎馬軍団がもう一度姿を見せ始める頃だ。
『総員、盾の準備ぃ! もう一度来るぞぉ!』
砦内からの反撃が散発的であるのを良い事に、敵騎馬軍団は城壁にかなり近い所から矢を射こんで行くのだ。
本来は塀の上から射かける砦側の方が射程が長くなり、弓合戦としては有利となる。
しかし、実際の所、事はそう上手く運ばない。
砦側は、移動する騎馬に向かって射撃を行う事になる為、射手によほどの力量が無い限り、基本的にまず当たらないのだ。
弓と言うのは狙って放つとなると、命中精度を確保できるのはせいぜい数十メートルが良い所なのである。
逆に、騎馬兵側はどうだろう。
彼らは特定の何かを狙っている訳では無い。最大射程でとにかく砦内に射込めばそれで良いのだ。
かれらの力量に頼る部分も多いにあるが、その場合の射程は百メートルを軽く超えて来るのである。
となれば、結果は明白。
砦側は一方的に敵から矢を射込まれ続け、時折運悪く流れ矢に当たり、怪我をする者が増えて行けば、兵士自体の数の減少はもとより、砦内の士気が大きく減退する事につながって行くのだ。
攻城戦の序盤としては、最も基本的な流れであると言える。
『よぉぉし、俺に任せろっ!』
早速
――ギリギリギリッ……。
『頭領っ! 準備完了!』
『よぉぉし!』
パウロスは照準器を覗き込むと、タイミングを合わせて敵騎馬兵へと鉄矢を射出した。
――ドシュッ! ギシ。
放たれた鉄矢は、轟音を上げて敵騎馬軍団へと一直線。
――ブオォォォン!
飛んだっ! めちゃめちゃ飛んだ!
確かに飛んだは良いのだが、残念ながらその鉄矢は騎馬隊の頭上を軽々と飛び越え、遥か地平線の彼方へ。
『あたーっ! 方向はバッチリなんだが、距離が合わねぇ。照準器の調整が必要だぞぉ!』
迫りくる敵騎馬群そっちのけで、照準器の調整を始めようとする
『”$#&)&”)$#!』
そんな中、美紗のとなりでキラキラと目を輝かせ、彼女の袖を引く美女が一人。
『どうしたの、ベルタ? あぁ頭領さん、ベルタが私にやらせろって言ってるみたい』
『しょうがねぇなぁ。一回だけだぞぉ。俺ぁ、その間に照準器を調整するからよぉ』
やがて、敵騎馬群が城の正門側へと近づいて来た。
照準器が取り外された射出台を難なく操作し、完全に目測で敵に狙いを定めるベルタ。
彼女は口角を上げ、半笑いのまま引き金となるレバーを引いた。
――ドシュッ! ギシ。
またもや
するとどうだろう。鉄矢は敵騎馬隊の居ない平地へと真っ直ぐに飛んで行くではないか。
外したか?
いや、違う。彼女は騎馬隊の移動速度を完全に見切っていたのだ。
唸りを上げて飛翔する鉄矢。その射線上に吸い込まれるかの様に、敵騎馬軍団が駆け込んで来る。
――ドフッ!
ドンピシャリ!
鉄矢は騎馬隊の先頭を走る騎兵へと命中。
更にはその勢いをそのままに、先頭の騎馬兵を貫いたかと思うと、そのまま隣を走る騎馬兵まで吹き飛ばして見せたのである。
『ウゥゥラアァァァァァッ! $%$#”$%&’&!』
高らかに雄叫びを上げるベルタ。
塀の上に陣取る兵士達からも歓声が沸き起こる。
完全に面白くなったベルタ。
彼女は、そのまま何度も引き金となるレバーを引くのだが、当然鉄矢は発射されない。
『$%$#”$%&’&!』
ベルタは可愛い両方の頬をプンプンに膨らませ、背後にいる弟子たちを睨み付ける。
『おいおい、無茶言うなよ。これは連射出来ないんだ。一回放つ毎に準備が必要なんだよっ!』
そう言いながらも、次弾の準備を進める弟子たち。
敵騎兵も、予想外の攻撃に一瞬たじろぐ姿勢を見せたものの、続けての攻撃が無いと見るや、その矛先をこの城壁塔に定め、一斉に突撃して来たのである。
『%&’&$%$#”$%&’&!!』
『急かすなってベルタッ! いまヤッてる!』
焦れば焦るほど、弟子たちの指先が震え、次弾の装填がままならない!
『ウキー!』
ついに堪忍袋の緒が切れるベルタ。
彼女は台座から突然立ち上がると、射撃台へとその手を伸ばしたのだ。
『あっ! コラッ! ベルタ、止めろっ!』
――バキッ!
と思うと、そのまま台座の横にある箱の中から、無造作に五本の鉄矢を掴み取ったのである。
一本を口に咥え、一本を
彼女は常人とは思えぬ膂力で強引に
――バシュッ! ビィィィィン!
先程の発射音とは比べ物にならない凄まじい金属音を残し、鉄矢が唸りを上げて敵兵目掛けて飛翔する。
一直線。
まさに一直線に突き進む鉄矢は、寸分の狂いも無く、敵騎馬隊先頭兵の顔面に命中。
なんと、敵騎兵の
胸に突き立った鉄矢に弾き飛ばされた兵士は、更に後ろにいる騎馬兵を巻き添えにして落馬してしまったのである。
たったの一矢。その一本で、三人の兵士を吹き飛ばす破壊力。
さも当然とばかりのベルタは、敵の驚く様子など気にする風も無く、手持ちの鉄矢を次から次へと放って行く。
――バシュッ! ビィィィィン! バシュッ! ビィィィィン! バシュッ! ビィィィィン! バシュッ! ビィィィィン!
更に残り四本の鉄矢が次々に敵騎馬軍団へと襲い掛かる。
それぞれの矢は、狙いすましたかの様に、先頭を走る兵士を粉砕し、後続の兵士を吹き飛ばして行くのだ。
中には、落馬した騎兵を回避しようと無理な操馬を行ったがために、隣の騎馬と接触、落馬する者達も多数見受けられる。
高速で移動する騎馬軍団の中での落馬は、即刻『死』を意味する。
気付けば、敵騎馬軍団百騎の内、司令塔となるべき先頭の二十騎程を、ベルタ一人で壊滅させてしまったのである。
流石の事態に、敵騎馬軍団も方針を変更。突撃を諦め、そのまま共倒れを畏れるがあまり、騎馬軍団を散開させると、自身の陣地へと慌てて逃げ帰ってしまった。
『ウゥゥラアァァァァァッ! $%$#”$%&’&!』
『『ウォォォ! フェリ! フェリッ! アーラララ、ウゥラァァァ!』』
塀の上に陣取る兵士達も、拳を突き上げながら、一斉に
歓喜の渦に包まれる砦内。
そんな中、城壁塔の中でガックリと肩を落とし、打ちひしがれる人物が一人。
『頭領っ、元気出して。ねっ?』
しかしなぜだろう。
彼女に慰められれば慰められるほど、更にに落ち込んでしまう
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