第257話 一回やってみたかったん

『この様なほまれ、貴様達にとっては、またと無い機会であろうっ! 神に感謝するが良いっ!』



 うぅわぁ……アルねーったら、めっちゃ自信満々じしんまんまんだよ。


 一体、何が彼女をさせてるの?


 全然言ってる内容は分んないけど、絶対コレ、お願いしてる雰囲気ゼロじゃん!


 だって、ここに居る人たち全員が、なんだかザワザワしてるんだもの。


 めっちゃ、動揺どうようしてるんだものっ!



『……アルテミシア様』



『なんだ? イリニ殿。申したき儀があれば、申して見よ。許す』



『はい、それでは失礼して。アルテミシア様からの、突然の御下知ごげち。ここに参集さんしゅうせしものたち一同いちどう、大変困惑している次第に御座います。いかに、太陽神殿のアルテミシア様とは言え、いきなり他家の奴隷を差し出せとは只事ただごとではございませぬ。いま少し子細についてお話し頂かねば、とても承服しょうふくは致しかねますが……』



 うわぁぁ、何だかあのお姉さんもこわっ。


 そりゃそうだよね。


 突然夜中にやって来て、横からお前のネコ寄越せって、流石に無いよね。


 めっちゃにらんでる。めっちゃ睨んでるものっ。


 それに、何て言うの? 下から舐める様に見上げるあのやり方?


 めっちゃ手慣れてる。絶対に数々の修羅場しゅらばを潜り抜けた女性ひとだよっ。


 彼女はそう……ヤンキーだ。


 都会では既に絶滅したと言われる、ヤンキー、元ヤンに違い無いっ!


 だって、アルねーのあの高飛車たかびしゃな態度にも全くビビる事無く、ガンを飛ばし返して来るんだよ。


 昔は絶対レディースで、エレトリア女学園三代目総長だったに女性ひとに違いないっ!



『ふふっ、仕方の無い事よのぉ。其方そち達の様な市井しせいの者どもでは、事の重大さが分らぬのも道理』



 はわわわわ。


 アルねーったら、いま何て言ったの? って言うか、まだ続けるの? これ、まだ続けるの?


 ザワザワして来たよ。なんだか、もっとザワザワして来たよっ。


 より殺気指数さっきしすうが、二十パーセントぐらいアップしてる様な気がするよっ!


 って俺。


 言ってる場合じゃ無いよっ!


 そろそろ周囲の緊張感もピークに達したその時、満を持したアルねーが、再び大音声で話し始めたんだ。



『えぇぇいっ! 静まれっ、静まれぇぇいっ!』


『ここに御座おわ御方おかた何方どなた心得こころえるっ!』


『全能神レオニダス様の権能を受け継ぐ、唯一無二の皇子。“暴れん坊将軍”こと、レオンティウス獅子王様であるぞぉ!』



『なっ、なんとっ!』



『レオンティウス様……』『獅子王様……』『ABARENBOUとは……いったい……』



 どどど、どうしたの? 何があったの? 一体何が起きたの?


 みんなが急に俺の事を見てるよっ。


 めっちゃガン見してるよっ!


 アッ、アルねー、どうしよう、どうしたら良いの?


 って言うか、途中で「アバレンボウ」とか入って無かった? ねぇ、これ、上手く伝わってる?


 とにかく、どうすりゃ良いのか皆目見当かいもくけんとうもつかない俺は、わらにもすがる思いでアルねーの方へと視線を送ったんだ。


 すると、こんな緊迫した状態にもかかわらず、あろうことか不敵ふてきな笑みを浮かべるアルねー


 しかも、そんなアルねーは、俺に向かってしきりとウィンクを飛ばしてるぞっ!



(……慶太けーちゃん、スイッチ、スイッチィ……)



 あぁ、そうか、これっ、これかっ!


 ようやくを思い出した俺は、早速手元のスイッチをポチリっ!




『『『おぉっ! うぉぉぉぉ!』』』



 まぁね。そりゃ驚くだろうさ。


 超強力懐中電灯を手に持つ俺が、馬上で自分の顔をガチで照らしてる訳だからな。


 なにしろ、車のヘッドライトもビックリ……ってぐらいの一万五千ルーメンだぞ。


 まぁ、バラエティ番組なら、完全に出オチのレベルだよ。


 なんだよこれぇ……アルねーったら、本当にこんなので取れると思ってんのかなぁ。


 アルねーったら、未だに厨二病だから、この手のが大好きなんだよなぁ。


 やだなぁ。変なコントの片棒担かたぼうかついじゃったなぁ。


 スベりしたら、どうしよう。めっちゃ恥ずいわっ!


 って、思ってたのにぃ……。



『一同の者、皇子様の御前であるっ! 頭が高い、控えおろぉぅ!』



 うぉぉ、アルねーったら、更に畳みかけて行ったー!



『『『はっ! ははぁぁぁ!』』』



 おいおいおいっ。


 お前達もかよっ!


 スベり所か、全員がいきなりひざまずいちゃったよ!


 みんなリアクション間違ってるよっ、ここは大爆笑、もしくは、“なんでやねんっ!”ってツッコむ所だよっ!


 って言うか、ノリ突っ込み? これ、ノリ突っ込みなの?



『ヤバい、本物の皇子様だっ』


『うぉぉ、突然手か光ったぞ。魔道か? あれ、魔道なのか?』


『馬鹿野郎、神様が使うのは魔法だっ、魔道じゃねぇ。きっと、あの光に照らされると、たましい抜かれちまって、即刻プロピュライアを潜る事になっちまうに違いねぇ』


『マジかっ、ヤベぇ、ヤベぇよぉ。俺、おとといむすめが生まれたばかりなんだよぉ。まだ死にたくねぇよぉ』


『馬鹿、泣くなっ! それに、皇子様と目を合わせるなっ。神様と目を合わせると、たましい抜かれるってババ様が言ってたぞっ』


『マジかぁ、うわぁぁ、死にたくねぇ、俺、まだプロピュライアはくぐりたくねぇよぉぉ』



 うわっちゃー。


 やっぱり スベりだわぁ。


 誰も笑わなどころか、奥の方の兵隊さん達なんて、陰でコソコソ話し込んでるじゃん。


 もぉぉ。やっぱりこの手の出オチ系は、ウケないってぇ。


 せいぜい小学生くらい迄が限界だってぇ。


 それにしてもアルねーったら、はがね心臓しんぞうやね。


 もう、めっちゃ鼻高々はなたかだかで、仁王立におうだち状態だもん。


 ん? 何? アルねーが何かジェスチャーで……。


 はいはい、スイッチを……もう……切りなさい?


 あぁ、もう良いのね。懐中電灯オチは、もう要らないって事ね。


 俺は照れ笑いを隠しつつ、そっと懐中電灯のスイッチを切ったんだ。



『うむ。ようやくお前達にも事の重大さが伝わった様だな。それでは早速、その獣人とやらを連れて参れ。皇子様はご多忙じゃ。急ぎ皇子様にもご検分頂かねばならぬ。ほれ、はよう、はようっ』



『はっ、ただ今!』



 あれ? 最初の優男やさおとこさんったら、キビキビとした動きで、何か大きな包みを持って帰って来たぞぉ。


 あぁ、見える、見える。緑色の髪が見える。


 月明かりの中でも、結構ちゃんと見えるもんだねぇ。


 それにしても、全然動かないけど、寝てるのかな?


 そりゃそうか。


 今は真夜中だもんね。い子は、おねむの時間かぁ。


 って……あれ?


 優男やさおとこさんが地面に大きな包みを寝かせた途端、何だかに……。



『『『……』』』



『これはむごい……。お前っ! 確か黒猫ギルドマヴリガータのエニアスと申したな。これは、お前の仕業しざか?』



『いいえ、滅相めっそうもございません。私が来た時には既にこの状態でして。私が止血し、介抱しておりました次第で……』



『くっ。ならばイリニ殿。これはマロネイア家の所業しょぎょうか? この娘、何か悪さでも仕出しでかしたのか?』



『恐れながら、アルテミシア様……当家では奴隷に対し、この様な仕打ちを行った事は一切御座いません。それに傷がまだ新しい。当家より逃げ出したは、既に一週間前で御座いますれば……』



『ううぅむ。それでは、逃げ惑う間に、何かに巻き込まれたか……』



 あれ? どうしたんだろ。


 暗くて良く見えなかったけど、アルねーったら、獣人の女の子を抱き抱えちゃったよ?


 

『やはりこの娘、もらい受ける事と致そう。この様子では、プロピュライアをくぐる事は避けられまい。……イリニ殿、それでよろしいな?』



『はい。確かにこのきずでは、当家へ持ち帰りましても助ける事は……』



『うむ。それから、姉の方がもし見つかれば、太陽神殿へと連れて来るが良い。死して離れ離れと言うのも忍びないからな。それから、アゲロス殿へも良しなに。あぁ、折を見て太陽神殿の方へもお越し頂きたいとお伝え下さらぬか。確かにを受け取ったのでな。何らかの褒美を取らす事としよう』



『ははっ、畏まりまして御座います』



『うむ。頼んだぞ』



 大きな布包みを片手に抱え、僕の所に戻って来たアルねー



慶太けーちゃん、ごめんね。ちょっと急いで戻らんならんがんなったん。ごめんね。ほんとうにごめんね」

(翻訳:慶太ちゃん、ごめんなさい。ちょっと急いで戻らないといけなくなりました。ごめんなさい、本当にごめんなさい)



 アルねーは包みを抱えたまま馬に飛び乗ると、そのまま馬首を返して、今来た道を急ぎ駆け戻って行ったんだ。


 馬上ではずっと無言のアルねー


 そう言えば、あんなに悲しそうなアルねーの顔を見たのって俺。


 初めてかもしれない……。

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