第二十三章 海辺での争奪戦(ルーカス/ミランダルート)

第237話 誘導尋問

「おぅ、久しぶりだなぁ、お前達」



 無駄に陽気な声が響く。


 そこはき出しの岩レンガで造られた、薄暗い牢獄へや


 窓一つ無く、通路側の壁には、木製の格子こうしめ込まれている。


 そんな格子こうし隙間すきまから、わずかにのぞく兵士の顔には見覚えが。



「あっ、バウルさん!」



 物憂ものうげに寝転んでいた少年ルーカスは、はじける様に飛び起きると、声のする方へ急ぎ駆け寄って行く。



「で、どうだい? たまの牢獄ろうごく暮らしも悪いもんじゃねぇだろう?」



「何言ってるんすかぁ。って言いますけど、牢獄ろうごくなんて、初めて入りましたよぉ。それに、もう暇でヒマで、やる事って言ったら、鼻くそを丸める事しか無かったんっすから」



 ちなみに、鼻くそを丸めていたのは、ルーカス本人ではなく、先輩のクリスではあるが。



「たはは。いいじゃねぇか。どうだい、ちっとはまともな鼻くそが丸められる様になったかい?」



「えぇ、そりゃあもう、職人技しょくにんわざですよ。エレトリアの中でも一、二を争う頭領とうりょうにだってなれそうです」



 鼻くそまるめの頭領って一体……。



「ほほぉぉ、そいつぁ良かったなぁ。それでこそ俺も、お前達を牢屋ろうやにぶちこんだ甲斐かいがあるってもんだぜぇ」



「えぇ、本当にその節はありがとうございました。これでオイラも一端いっぱしの頭領に……なーんて、言う訳無いでしょ! バウルさん本当にもう、堪忍して下さいよぉ。お願いですから、もう外に出して下さい。お願いします!」



 と、最初は悪ふざけにノリノリであったルーカスも、いい加減、懇願こんがんモードに変更。



「たはは、まぁなぁ、もともとが冷めるまで……って思ってたんだが……」



 と、そこで言葉をにごすバウル。


 彼はあごに生えた無精ひげをいじりながら、少し考え込む様な仕草を見せる。



「思ってたんだが……って、どういう事? その後、何が続くの? まさか、まだ俺達を閉じ込めておく気じゃないでしょうね?」



「いやいや、そう言う訳じゃあ無くてだなぁ……」



 しまいには、少し申し訳無さそうに頭をき始めてしまう。



「はっ! まっ、まさか……」



 バウルのそんな様子に、突然あるに思い当たる少年ルーカス



「もしや、忘れてたって事? 今のいままで、俺達の事忘れてた……って事じゃあ、無いですよね?」



「んん? うぅぅん。……まぁ、そのだな。たははは」



「うきー! マジか? マジっすかぁ。バウルさん。マジですかぁぁ。さっきは助けに来てくれて、神様か? って思いましたけど、今は悪魔にしか見えない。もう、どう見ても悪魔にしか見えないぃぃ!」



 少年ルーカスは木製の格子こうしをガタガタとする事で、その不満を強くアピール。



「まぁまぁ、そう怒るなよぉ。出してもらえるだけでも、めっけもんだろう?」



「まっ、まぁ。そうですけどねぇ……」



 非常に理不尽りふじんな話ではあるけれど、ここでバウルの機嫌きげんそこねても良い事は無い。


 その程度の事ぐらいは、ルーカスにだってわかってる。


 とにかく今は、出してもらえるだけでも『ありがたい』と思うしか無いだろう。何しろ彼は一刻も早くミランダ達の元へと行かなければならないのである。


 そう考えた少年ルーカスは、何気なにげに話題を変えながらも、バウルの様子をさぐる事に。



「そんな事よりバウルさん、って……」



「あぁ、なんだがなぁ。お前達はだろうがなぁ。お前達が女便所のぞいて捕まった日に、奴隷が屋敷から逃げ出したらしい」



 少年ルーカスは、何食わぬ顔で、いつの間にか隣にたたずむクリスの方へと視線を送る。



「しかもだ。今日、湾岸砦で働く男から密告タレコミがあってなぁ。どうやら、そのかくを見つけたらしいんだ」



 後で思えば、なぜこの時、バウルがこんなに詳しく話してくれるのだろう? と、警戒すべきであった。


 しかし、一週間もの間、牢獄ろうごくに閉じ込められ、何の情報も与えられていなかった少年ルーカスには、外の情報はなしが喉から手が出る程欲しかったのである。



「えぇ! かっは? 彼女達は無事なんですか?」



 ――チッ



 隣で話を聞いていたクリスが思わず舌打ちをする。


 この段階においても、ルーカスはその発言の重要性を認識してはいなかった。



「えっ?」



 思わず隣にいるクリスの方へと振り返る少年ルーカス


 もちろん、に情報を漏らしたバウルにしてみれば、その一言を聞き逃すはずも無い。



「なぁ、ルーカス。俺とお前はとしは違えど友達ダチだよなぁ。俺は前から、お前とは話が合うと思ってたんだ。そこでだ。一つ聞きたい事がある」



 口元をほころばせながら、格子こうしかんぬきを引き抜き始めるバウル。


 ただ、彼の目からは、先程までの親愛しんあいの感情はすっかり抜け落ちていた。



「どうしてお前は、逃げたヤツが……いや、だって、知ってるんだ?」



「あぁ、いやっ……えぇぇっとぉ、あの、そうそう、僕たちがいたのは、奴隷妾専用館だったから。だから、メイドの誰かが逃げたのかなぁって……」



 ようやく事の重大さに気付いたルーカス。


 何とか言い訳を始めてはみたものの、背中には冷たい汗がしたたり落ちる。



「ルーカス。今ここで知ってる事を全部俺に話しちまえ。そうすりゃ、俺だって悪い様にはしねぇ」



 すっかりかんぬきを引き抜き終わり、ゆっくりと牢屋ろうやの中へ入ろうとするバウル。


 その後ろには、恐らくバウル配下の兵士なのだろう。


 守衛兵とは異なる兵装の二人が、短槍を突き出した状態のまま身構えている。


 軽装備とは言え、完全武装の野戦兵三人。


 バウルとルーカスの会話を横で聞いていたクリスは、腰に隠していた短刀ナイフへそっと右手を伸ばし始めた。


 しかし、いくらクリスが手練れとは言え、野戦兵三人と正面切って戦えるはずも無い。


 正直、クリスは少女達がどうなろうと、この際、仕方が無いと思っていた。


 それよりも、自分達の不始末で、組織マヴリガータに迷惑を掛ける訳には行かないのだ。


 残念ではある。


 残念ではあるが、もしルーカスが隣で組織マヴリガータの情報を漏らす様な事があれば、ひと思いにルーカスを刺し殺し、自分も自決するつもりだ。


 そんなクリスの脳裏に、薄紅色うすべにいろの髪を持つ少女の面影おもかげよぎる。


 しかし、彼はそんな自分の心の弱さを振り払うかの様に、短刀ナイフを持つ手に力を籠めた。


 ちょうどその時。



 ――ピーーーー!



 突然のけたたましい警笛の音。


 幾人もの守衛兵達が慌てた様子で廊下を走り去って行く。



「ちょっと待ってろ? 何かあったみたいだ」



 バウルは配下の兵士二人を残し、慌てた様子で玄関フロアの方へと駆け出して行った。

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