第227話 美紗編 Ⅵ

 ――スタン。



 廊下へのふすまが開くと、そこにはあの女リーティアが一人でたたずんでいたの。



「あれ? リーちゃん。慶一郎鍋奉行さんは?」



 お炬燵こたの上で、手際よく鍋の準備を進めるアル姉が問いかけます。


 彼女は確か……お義父とうさんを呼びに行ったはずだけど。はて?



「それがねぇ。今日は町内会の会合があるから、そのまま飲んで来るってぇ。だから女子だけで楽しんでね、だってぇ」



 あの女リーティアが少し残念そうに話しています。



「あら? そうだったかしら」



 美穂姉様みほねぇさまが立ち上がろうとしていますよ。様子を見に行かれる様ですね。


 お炬燵こたの上では、アルねぇ采配さいはいで、しっかり鍋の準備も完了です。


 後は慶一郎鍋奉行さんの到着を待つばかり。


 はぁぁ。折角、お義父慶一郎様ともお会い出来る良い機会だと思っていたのにぃ。


 まぁ、仕方がありませんね。


 ちょうどその時。


 あの女リーティアの後ろから、背の高い男性がひょっこりと顔を出しました。



「あぁ、ちょっと町内会の寄り合いに行って来るよぉ。飲んでくるけど、町長とタクシーで帰って来るから、ママも飲んでも大丈夫だよ」



「あらあら、そうなの? これはまた急な話ねぇ」



「そうなんだよ。さっき遥名はるなちゃんが来た時に誘われちゃってねぇ。遥名はるなちゃんは、お母さん町長の奥さんが後で迎えに来るから大丈夫だって」



 おおお、お義父どう様っ!


 ちょっと待って! お義父どう様っ!


 お義父どう様ったら、めっちゃ良い男っ! すんごい、すんごいイケメンぷりっ!


 って言うか、すんごくダンディ。


 浅黒い肌に、白い歯がめっちゃまぶしいわっ!


 少し細目で目尻めじりが下がった、とっても優しい印象なんだけど。


 そこがまた、ちょっと外人っぽくって、めちゃめちゃ格好良いぃ!


 はうはうはう!


 これは確かに美穂姉様みほねぇさまれるのも仕方が無いわね。


 って言うか、慶一郎さん……本当に日本人なの?


 あんなにほりふかい日本人って……居るの?


 もしかして、帰化……されたとか?


 どう言う事? どう言う事なの? 謎が謎を呼ぶわ。


 この高橋家、謎だらけ、美人だらけに、イケメンだらけっ!


 もちろん、イケメン枠には、慶太くんも含まれるわよ。


 あぁ、どちらかと言うと、慶太くんは、お母さん似って感じね。


 だって、お父さん似だったら、もっとハーフっぽくなってもおかしく無いもの。


 とりあえず、ウチのお父さんとは、全然違うわっ。


 こうも違いがハッキリだと、いっそ清々すがすがしいわね。完敗よ。完敗。


 いったいどんなご職業なのかしら?


 ……あれ? そう言えば、慶太さんの話だと、単なる地方公務員だって聞いた事が……。


 地方公務員って、そんな色黒なイケメンになっちゃうものなの?


 北陸の地方公務員って、みんな俳優みたいなイケメン揃いって事なの?


 深いっ、深いわぁ、北陸。


 雪も深いとは思っていたけど、都会からは想像も出来ない様な、異質な進化を遂げている様ね。


 東洋の神秘。日本のガラパゴスと言ってもつかえ無いわね。



「行って来るよ。それじゃあ、皆さん。女子会楽しんで下さいね」



「「「はーい。いってらっしゃーい」」」



 はぁ、最後までさわやか好青年。……もとい、好中年……ね。


 このお父さんなら、間違い無いわ。えぇ、間違いありませんとも。


 虫も殺した事の無い様な、とっても紳士な方に違いありません。 


 となると、とってもさわやかなパパに、とっても天然で優しいママ。


 そんな二人に育てられた慶太くんが、悪い人の訳がありません。


 決まった。いえいえ、前から……第一印象から決めていたのよ。


 でも、今それが『確信』に変わったわ。


 私の生涯しょうがいげる人は、慶太くんただ一人。


 私、高橋家にとつぐ事にするわ。 


 高橋……美紗……。うん、全然違和感なし。



「えへへへへ……」



 思わず笑みがこぼれてしまいます。



「美紗ちゃん、みさみさ? そんなにお腹空いたん? ヨダレ出とるよ?」

(翻訳:美紗ちゃん、みさみさ? そんなにお腹が空いたのですか? ヨダレが出ていますよ?)



 ――ハッ、ジュルリ



 いかんいかん。妄想の世界にトリップしていたわ。


 私、物語の世界に没入ぼつにゅうするクセがあるから、時々トリップしてしまうの。


 真琴ともだちからは、『妄想癖もうそうへき』って言われているけど……まぁ、その通りね。


 否定はしないわ。


 だって、妄想もうそうってすんごく楽しいし、人生にとって、とっても重要なファクターだと思うのよ。


 えぇ、そう。何て言うのかなぁ……。



「美紗ちゃん、美紗ちゃん。もう、乾杯するわよ?」



「あっ、はいっ!」



 やべー、やべー。またもや、トリップしていたわ。


 だってこの高橋家、いろんなミステリー目白押めじろおしで、妄想もうそうネタに困らないんですものぉ。



「それじゃぁ、高橋家の女子会、スタートしまーす」


「「「かんぱーい」」」



 こうして美穂姉様みほねぇさまの乾杯の掛け声に合わせて、高橋家女子会がスタートしたのよ。

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