第224話 美紗編 Ⅲ

「ただいまぁ!」



 えっ?


 廊下の方からつややかな女性の声が……。


 しかも『ただいま』……ですって?


 まだ他にもこの家に住んでいる女性ひとがいるの?



「ねっ、ねぇ、アルテミシアさん。今の声は?」



「なーん。アルねぇで良いがんよぉ。もしくはアルちゃんやねぇ」

(翻訳:いいえ、呼び方はアルねぇで良いのですよ。もしくはアルちゃんと呼んでね)



「あぁごめんなさい。ねっ、ねぇアルねぇ。今来られた方は……どなた?」



「あぁ、あれはねぇ、ダニちゃん。ダニエラ=ロサーノって言う名前ながやよぉ。めちゃめちゃ美人さんでねぇ。すっごい頭が良いの。おばあちゃんの会社ところの偉い人ながよぉ。すごいねぇ」

(翻訳:あぁ、あれはですね。ダニエラ=ロサーノさんですよ。すごく美人で、頭も良いです。慶太さんの祖母の会社で、をやっているんですよ。すごいですね)



 アルねぇは何でも教えてくれます。


 でも、偉い人って……。


 役員にでもなっているのかしら? はて?


 って事は、結構おとしした方なのかも。


 ……ふぅ。


 それならば、問題無いですね。


 でも、一応確認は必要でしょう。



「そのぉ、ダニエラさんって、ご結婚は……?」



「ん? 結婚?」



 私の突然の質問に、アルねぇ顔。


 あぁ、ちょっと立ち入った質問すぎたかしら?



「あぁ、ダニちゃんがをやったかって事やねぇ。う~んとぉ。まだ結婚式はしとらんよぉ。

でもする時は、ちゃんと式もするやろぉねぇ。それはそれは、盛大になると思うがよぉ」

(翻訳:あぁ、ダニエラさんが結婚式を挙げられたか? と言うご質問ですね。まだ結婚式は挙げておられませんよ。慶太さんと結婚される時は、結婚式もするでしょうね。それはそれは、盛大な結婚式になると思いますよ」



「はぇ? ? って、慶太くん……いえいえ、慶太さんの事なんですか?」



 突然、聞き捨てならない名前が飛び出して来ました。


 なになに? 一体どう言う事なの? この北陸って、そんな簡単に結婚式挙げちゃうの? って言うか、私がちょっと目を離したすきに、許嫁いいなずけが出来ちゃったって事? ここって、彼女にフラれると、自動的にそうなっちゃう感じなの? そう言う風習ふうしゅうなの? そう言うおきてなの? 絶対に逃れられない呪縛じゅばくか何かなの?


 あまりの事に、私は顔面蒼白がんめんそうはく、頭は大混乱。


 一気に血の気が引いて、軽いブラックアウト状態です。



「あれ? 美紗ちゃん、顔色悪いよぉ? どしたん? 大事だいじないけ? 熱でもあるがんない?」

(翻訳:え? 美紗ちゃん、顔色が悪い様ですが、どうされたのですか? 大丈夫ですか? 熱でもあるんじゃないですか?)


 心配したアルねぇが、私の顔をのぞき込んで来ます。


 はうはうはう!


 アルねぇの顔が近付ちかづいて……ちっ、近付ちかづいてくるっ!


 うわぁ!


 あっ、アルねぇ! いったい何を、何をする気なの?


 まっ、まさかっ!


 このまま、キキキ、キスとかされちゃうの?


 そういう流れなの? そういうストーリーなの?


 失意しついの私を励ます為、男装だんそう麗人れいじんが突然のキス……。


 えぇぇー! まだ、男の子と手も握ったこと無いのにぃぃぃ。


 だだだ、駄目よっ。私達、女同士なのよっ!


 こんな事しちゃいけないのっ!


 いきなり百合ゆり? 百合ゆりなの? 百合ゆりに目覚めちゃうのぉ?


 でも、ありえる……。ありえるわっ!


 確かにレディコミではちょくちょく目にするパターンよっ!


 はわわわ!


 かかか、体が硬直して動かないっ!


 だって、だって。


 アルねぇひとみはサファイヤの様に青くて、くりっくりっ!


 そのくちびるは、つやつやにかがやいて、ぷるんぷるん!


 うあぁぁぁ。


 もうダメっ。のがれられないっ!


 ごめんなさい、慶太くん。


 私、わたし、初めてのキスを、アルねぇに奪われてしまうわ。


 えぇ、頑張ったのよ。私、頑張った。


 でも、体が……体がピクリとも動かないの。


 へびにらまれたかえる


 んん? ちょっとたとえがうつくしく無いわね。


 そうね。


 何かの……魔法?


 そうよ。その線で行きましょ。


 私を束縛そくばくする、何らかの魔法が掛けられているに違い無いわ。


 そう。私の美貌びぼうに目が眩んだ男装だんそう麗人れいじんであるアルねぇが、私に恋の呪い魔法を掛けたのよ。


 そうなの。だから、無力な私には、どうしようも無かった。


 そう……どうしようも無かったの。


 慶太くん、許して。


 少なくとも、少なくとも相手はでは無いわ。


 そう。男の子との初めてのキスは、慶太くんに取ってあるのよ。


 そこだけは譲れないわ。


 どんな魔法を掛けられても、そこだけは譲らない。


 だから……だから、許して……。


 慶太くん。本当に、ほんとうに……ごめん、な、さ……い……。


 とうとう私は覚悟を決めて、そっと目を閉じたの。


 すると……。


 が、コッツンこ。



 ……はぇ? 



「うぅーん。熱は無いみたいやねぇ。それに、さっきは真っ青な顔しとったけど、今度はタコさんみたいにっかやよぉ。美紗ちゃん面白い娘やねぇ。あははは」

(翻訳:うーん。熱は無いみたいですね。それに、さっきは真っ青な顔をしていたけれど、今度はゆでダコみたいにになって。美紗ちゃんは面白い娘ですね。あははは」



 ……はぁぁぁぁ。



 どうやら、熱があるかどうかを確認しただけだったみたい。


 もうっ! 脅かさないで下さいよっ!


 まだ心臓がドキドキしてますよっ!


 ちょっぴり……って言うか、そこそこ、期待しちゃったじゃないですかっ!


 ホントにもうっ!



「わわわ、私の事は大丈夫です。それより、慶太く……さんは、ダニエラさんとご結婚される予定なんですか?」



「あはは。そうやねぇ。結婚するぅ、第一夫人になるぅ! っていつもっとるがは、ダニちゃんだけやからねぇ。それに、美紗ちゃんって、けーちゃんの彼女さんやったねぇ。そしたら、恋のライバルやねぇ。これは大変やちゃ。私、どっちを応援すれば良いがやろう? こまるちゃ」

(翻訳:あはは。そうですね。結婚する、第一夫人になると、いつも言っているのは、ダニエラさんだけですからね。それに、美紗ちゃんは慶太さんの彼女でしたね。これは大変な事になりましたね。そうすると、恋のライバル同士ですね。私、どちらを応援すれば良いのでしょう。困りましたね。)



「えぇぇ! 勝手にそんな事言っちゃう様な人なんですかぁ?」



 おどろきです。驚愕きょうがくですっ!


 そんな事を言う人がいるなんてっ!


 しかも同じ家に同居ですってぇ!


 もう、そんな妄想癖もうそうへきのある人は、出入り禁止にしなければなりません。


 アルねぇは『美人さん』……って言ってるけど、女性同士が話す『美人さん』って言うのは、大体が知れています。


 どうせ、大してキレイでも無い、年増としまのオバサンに違いありません。


 そうです。そうなんですっ!



 ――ふんすっ!



 これは絶対に、この美紗が何とかせねばなるまい! ですよ。

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