第210話 老人ルーカス
「おーい、今帰ったぞぉ!」
突然、屋敷中に
「お前達っ! 装備の点検、終わってんだろうなぁ。さっさとヤレよぉ。後でチェックするからなぁ! ……それから、例の
待機していた兵士達に対して、
見ての通り、
ただ、彼の辞書には、『機密保持』や『プライバシー』と言う単語は抜け落ちているに違い無い。
「ほほっ、良かったのぉ。どうやら、君のご主人様は太っ腹の様じゃ。それとも『
話す内容とは
彼女の方も、彼から『自由の身』になれる……と言ってもらえて何だか
「あぁ、そうそう。ダモン爺さんによろしく伝えておくれ。ワシの名前はルーカス。……湾岸砦のルーカス、と言ってもらえれば分かるじゃろうて」
「あはっ! おじいちゃんのお名前って、『ルーカス』って言うの?」
老人の名前を聞いて、思わず吹き出しそうになる
「ん~? そんなに
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっと知り合いの男の子と同じ名前だったから」
「うんうん。そうか、そうか。それでは、その男の子と仲良くするんじゃぞぉ。それに、お姉ちゃんも早く病気が治ると良いのぉ」
老人はそれだけを告げると、食器を片手に水場の方へ立ち去ろうとする。
ちょうどその時、例の『大声』が、廊下の向こう側からやって来た。
「おぉ、爺さん。こんな所で何してんだぁ?」
「ほいほい。いや、何。ワシは朝食の食器を取りに来ただけじゃよ」
さも、当然の事とでも言わんばかりの老人。彼はそのまま十人隊長の横を通って水場の方へ行こうとする。
しかし、十人隊長はそんな老人の首根っこを捕まえたと思ったら、そのまま彼の耳元で話し始めたのである。
「おいおい、爺さん。良い所に居たなぁ。爺さんも
「あいや、分かり申した、分かり申した。ただ、この手は放しては下さいませぬかのぉ? それに、ワシは
一応、十人隊長は雇い主ではあるので、多少の礼儀は
しかし、十人隊長はそんな事など、全く気にも留めない。
「よしよしっ! 頼まれてくれるか。それでは早速頼んだぞぉ。だはははははっ」
まるで嵐の様な男である。
その後、テキパキと指示を与えると、そのまま待機部屋の方へと帰って行ってしまった。
まぁ、多分にこの程度の太い神経の持ち主でなければ、十人隊長の
要するに彼からの指示は、人手が足りないので、この少年を
「ふぅ。やれやれ。ほんに
半ば
――ガチャ、ガチャガチャ!
今度は背後で大きな物音。
その音に振り返ってみれば、牢の中の少女が
「おじいちゃん、おじいちゃん! 出られるの? 私、出られるの?」
「ほほほっ。こっちはこっちで、
老人はゆっくり
◆◇◆◇◆◇
程なくして、海岸線の大通りを歩く老人と
結果的に今回の
そのおかげで、彼女自身、
ただ、もし
また、なぜこれほど長い間、
それは、時々発生する奴隷の
しかし、まだ成人前の子供の場合、
特に奴隷の子供は奴隷……と定められているので、奴隷である親が、我が子を
当然、主人の方もそれを見過ごす訳には行かない。
奴隷とは資源であり大切な資産なのである。
奴隷の逃亡が発覚した場合、主人側ではその
領民の財産を守るのは、領主の務め。
「ねぇ、おじいちゃん」
「うん? なんじゃ」
老人の前を行く
「私ね。必ず帰って来る。必ず帰って来るから、ほんの少しだけ、ほんの少しだけで良いの。……あのぉ……ちょっと……お姉ちゃんの所に行って来ても……良い?」
恐るおそる老人に向かって、そう
確かに、やろうと思えば、このまま走って逃げる事は
しかし、無罪放免になったとは言え、途中で自分が居なくなっては、この老人に何らかの迷惑が掛かるかもしれないのである。
それは、彼女なりの
しかし、老人の方も、そんな事は百も承知。
「あぁ、構わんよ。ワシの事は気にせず行きなさい。後はワシの方で上手く言っておくから」
老人は
「この中に黒パンとヤギのチーズがはいっているよ。お姉さんに持って行っておあげ」
「えぇっ……でもぉ……」
ただでさえ迷惑を掛けるかもしれない人から、この様な物まで
押し返そうとするのだけれど、老人は半ば強引に彼女の手へとその
「おじいちゃん……」
その老人は
「……」
どうして良いか分からず、
「ほれほれ。何をしておる。早く行かんと、お姉ちゃんが待っとるぞぉ」
「うっ、うん。……おじいちゃん。ありがとっ。本当にありがとっ!」
ようやく吹っ切れたのだろう。
少女は感謝の言葉を口にしながら、砂浜の方へと駆け出して行った。
途中、何度も何度も振り向く少女。
老人は少女の姿が見えなくなるまで、手を振りながら見送ってくれたのだった。
やがて……。
「あれは……半島の方じゃなぁ。あの様子だと、
そう
「さぁて、隠れ場所を確かめるのが先か、それとも
「ほほほっ、まぁ、何にせよ、ワシにもようやく『運』が回って来たって事じゃのぉ……」
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