第149.ダイブ!

「なぁ、ルーカスよぉ、本当にこんなデカい屋敷に、その娘ソイツが居んのかよぉ」



 奴隷専用館の庭園脇。


 背の低い植木の物陰から、二階の出窓を伺う二つの人影。



「兄貴ぃ。あの一番右側、明かりのついてる出窓があるじゃないですか? あそこの部屋がそうなんですよぉ」



 確かにルーカスの指し示す出窓からは、オイルランプのものと思われる、薄暗い明かりが漏れ出している。



「ふぅん。で? どうやって呼び出すんだよ。何か方法があるんだろ?」



 クリスは隣にうずくまるルーカスに向かって問いかける。



「いやぁ、何か良いアイデアってありませんかねぇ? たははは」



 この後に及んで、乾いた笑いを繰り出して来るルーカス。



「んだよ! ふざけンなよ! お前っ、ここまで来といて、ノープランかよっ!」



 そんなルーカスの表情を見て、既に沸騰寸前のクリス。



「えぇ、まぁ。へへへ」



 全く反省の色が見受けられないルーカス少年。落ち着いている様に見えて、意外と行き当たりばったりの性格の様だ。



「チッ! 仕方がぇなぁ。とりあえず、あの出窓に小石でも投げ込んでみるかぁ」



 見るに見かねたクリスは、早速、手ごろな小石を物色し始めた。


 確かにそれで、ミランダなり、そのお姉ちゃんなりが顔を出してくれれば儲けものである。


 しかし……。



「えぇ、兄貴っ! そんな事して、もしミランダが怪我でもしたら、どうするんですか!」



 急に突拍子も無い事を言い始めるルーカス。



「おいおいおいっ! 絶賛ノープラン野郎なお前に、そんな事言われたかねぇんだよ! って言うか、さっきの『岩』運ぶ様なゴリラっなんだろ! 小石が当たったぐれぇで、ビクともしねぇよ!」



 そんなルーカスに、半ギレで言い募るクリス。


 しかし、ルーカスの方は一歩も引かない。



「ななな、何てこと言うんですか、兄貴ぃ! いくら兄貴でも、ミランダの……ミランダの悪口は許しませんよっ!」



 そうつのるルーカス。


 早速両手で顔を覆いながら、しくしくとを初めてしまった。



「ななな、なんだよぉ、もぉぉ。いちいち、そんなくだらねぇ事で、引っかかんなよぉ……」


「はいはいはい、分かった、分かったから。もう、泣くな、お前、もう大人なんだから! ほら、泣くなって。俺が悪かったから。本当にもう!」



 結局、ルーカスの三文芝居を真に受けて、謝罪に追い込まれてしまうクリス。なんやかんやで、人のさが出てしまう。



「だって、ミランダなんて、南国大陸からこんな遠くまで、売られて来たんっすよぉ!」



 尚も三文芝居を続けるルーカス。ちょっと調子に乗って、いい気になっている様子。



「だから、分かったって! もう、その話、何回目だよ……ったくよぉ」


「とにかく、俺が石投げてみっから、窓からお前の女が顔を出すかどうか、そこの陰から、よーく見とけよ!」



 そう言うが早いか、拾った小石を投げ入れるべく、二階の出窓へと狙いを定めるクリス。


 一方、したり顔のルーカス少年。


 すっかり三文芝居にも飽き、クリスに言われた通りに植木の陰へ。


 木々の間からそっと出窓を眺めつつ、ちょっとワクワクしている様だ。



 ――シュッ



 先ほど、奴隷をほふった投擲とうてきの才能は本物なのだろう。


 クリスの放った小石は、綺麗な放物線を描いて、出窓の中へと吸い込まれて行く……はずであった。



 ――パシッ!



「えっ?」



 小石が出窓に吸い込まれる直前。


 横から突然現れた、か細い腕が、その小石を見事にキャッチ。


 更に、その本人が窓際に姿を現すと、クリスの方を一瞥。



 クリスの方からは逆光になり、その人物の姿は暗いシルエットでしか見えない。


 同じ様に、月明かりしか無い庭園で、植木の物陰に隠れる二人が、二階の出窓から視認される事など、ありえようも無い……はずであった。


 しかし、暗闇に光るエメラルドグリーンのその瞳は、確実に獲物クリスを捉えていた。



 ――ドシュッ! 



 その人影は、キャッチしたばかりの小石を、クリスに向かって投げ返して来たのである。



 ――ギュルギュルギュルッ!



 唸りを上げて飛んでくる小石。



 ――スコーン!  



「ぐえっ!」



 寸分たがわず、その小石はクリスの『おでこ』にクリーンヒットッ!



「はぁぁぁ、兄貴ぃ!」



 半分白目を剥いて、ゆっくりと後ろに倒れるクリス少年。


 ルーカスは慌てて駆け寄り、クリスを抱きかかえる。



「あっ! ルーカスゥ!」



 丁度その時、出窓の方から、聞き覚えのある少女の声が聞こえて来たのである。



「えっ? ミランダ?!」



 ルーカスは、クリスを抱えたまま、出窓の方を振り向くと、そこには、今まさに出窓から飛び出そうとするミランダの姿が見えたのだ。



「うぇぇぇん、ルーカスゥゥ!」



 ――バッ!



 ルーカスが止める間も無く、膝丈までしか無い、可愛いネグリジェゼズを身にまとったミランダは、両手を大きく広げて、ルーカスに向かって直接ダイブ!



「はわはわはわ!」



 慌てたルーカスは、あっさりとクリスを放り出し、勢いよく飛び降りて来るミランダを受け止めようと、両手を広げて待ち受ける。


 一方、クリスは……。



 ――ゴン!



ってぇぇぇ」



 当然、放り出されたクリスは地面に後頭部を直撃。


 その衝撃おかげもあってか、気絶の状態から復活した様だ。



 ――パタパタパタッ!



「ルーカスゥ! ルーカスゥ! 待ってたんだよぉ!」



 可憐なネグリジェゼズをはためかせ、二階の出窓から両手を広げてルーカスに飛びついて来たミランダ。


 ルーカスの方も、そんなミランダをしっかりと抱きとめる。


 普通、人が二階から飛び降りれば、それを受け止める衝撃は計り知れないモノとなる。 しかし、ミランダ本人の並外れた身体能力と、港湾労働者として働くルーカスの筋力、更にはミランダを受け止めたあと、二人で抱き合う様に植木の中へと転がる事で、その衝撃を分散。


 奇跡的……いや、必然的に、二人は無傷で、抱き合う形となったのである。



 半泣きの状態で、ルーカスをその胸に抱くミランダ。


 月明かりに照らされた彼女は、エメラルドグリーンの瞳からこぼれ落ちるその涙と相まって、一種、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 そんな二人を、後頭部を擦りながら、つまらなそうに眺めるクリス少年。



「にっ、二階から飛ぶって、一体どういう神経してやがんだよっ!」


「なっ、何だよっ! 可愛いじゃねぇかよっ! ゴリラっじゃねぇのかよっ!」



 月明かりに照らされた、妾専用館の庭園。


 そこでは、クリスのもの悲しくも、寂しい、『一人突っ込み』が披露されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る