第148.読唇術
「
入口の扉が音も無く開くと、その扉の隙間から、
「……おぉエニアスか、早かったな。もう、
呼ばれた方の
ここは、マロネイア家の北門近くにある守衛所。
エニアス達が、奴隷三人の
途中、遅れてやって来たタロスが参加する頃には、既に宴会の様相を呈していた。
そんな中、入り口の扉がもう少しだけ開かれ、そこからエニアスの顔が覗く。
「えぇ、滞りなく」
エニアスはそう声に出して告げた後、他の兵士達に見られない様、細心の注意を払いながら、唇だけを動かして、別の言葉をしゃべり始めたのだ。
(すみません、お伝えしたい事が……)
もちろん、エニアスは『声』を発していないのだから、話す内容は、タロスを含む他の兵士達に聞こえるはずも無い。しかも、上手く扉の陰を使う事で、エニアスの口元すら見えない様に配慮されていた。
「んん?……」
しかし、扉の方へと正対するテオドロスからは、エニアスのその口元が良く見える。
そして、彼の口元を見たテオドロスは、直ぐにその意図を把握した様だ。
それは、マヴリガータのギルドメンバーが得意とする読唇術で、当然、ギルドの頭領であるテオドロス本人も、習得している技の一つであった。
そんな中、良い具合に酒の回ったタロスが、扉の向こう側にいるエニアスに向かって、話しかけて来る。
「おい、エニアス。どうせ細かい事は、舎弟にやらせてるんだろ? そんな外にいないで、お前も中に入って来いよ」
気の早いタロスは、直ぐ横で飲んでいた兵士の一人を捕まえて、早速新しいコップを取りに行かせようとしている。
「いいえ、実は私、かなり汚れておりやして、皆様をご不快にさせる訳には参りやせん。ですから、このままで失礼致しやす」
遠慮がちながらも、毅然とその申し出を辞退するエニアス。
「ははぁ、なるほどなぁ」
タロスの方も、エニアス達が何をしていたのかについては、十分に承知している。
それは、そうだろう。
奴隷三人の後始末を頼んだのは他の誰でも無い、このタロス本人なのである。
その所為なのか、タロスはそれ以上無理強いをする事も無く、簡単に引きさがってくれた。
「へぇ。お気遣い、ありがとうございやす」
(
タロスに向かって感謝の言葉を述べるとともに、唇だけで事の真相を明かすエニアス。
「そうかぁ……で、どうしたんだ?」
(そうらしいな。俺も今タロスに聞いたんだが、どうやら娘の洗礼は明日らしいぞ)
当然、テオドロスも同じ事が出来る。早速宴会の最中に仕入れた情報を、エニアスへと伝える。
「へぇ、結構散らかしちまったもんで、もうしばらく、後片付けにお時間いただきたく、ご報告に参りやした」
(そうですか……、どうしやしょう。今、二人が様子を探りに行ってやすが)
最終的な判断をテオドロスに委ねるエニアス。
「あぁ、そうかい。分かったぜぇ」
(仕方ねぇな。今夜、このまま麻袋に突っ込んで、持って帰るか)
テオドロスも百戦錬磨の男である。即断即決。計画の『有る無し』に関わらず、ミランダ奪還作戦の実行を指示。
「ありがとう存じやす。
(それじゃあ、早速
エニアスの方も、その言葉には全く動揺が感じられない。淡々とその命令を受託するのみ。
「まぁ、あんまり汚して行くのも何だからな、しっかり後片付けして、終わったら、もう一回ここまで呼びに来てくれ。それまでここで、タロス達と飲んでるからよ」
(タロスのヤツは、俺がここで足止めしとくからよ)
なにしろ、一番の厄介は、タロス本人であろう。あまり時間が掛かってしまっても怪しまれるし、なによりも、一番の手練れだと言って良い。運悪くタロス本人と下手な所で鉢合わせでもしようモノなら、言い訳する間も無く、ジ・エンドである。
そういう意味では、テオドロスがここでタロスに時間を忘れさせるぐらい酒を飲ませ、『足止め』してくれていると言う事は、大いに作戦の成功を左右する要因の一つと言って良いだろう。
「へい。それじゃあ、小一時間ほど、お時間を頂戴致しやす」
エニアスは、何気にタイムリミットを宣言した上で、そっとその扉を閉めたのであった。
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