第140.金持ち用の案B’

「それじゃあ、次の案B’の説明に入ろうか……」



 俺がゆっくりと会場を見渡すと、黒板の文字を消されてはたまらないとばかりに、急いで板書きを書き写す学生が何人か見受けられた。


 俺は、黒板の文字を消すのを途中で止め、講義台の方へと戻って来る。



「あぁ申し訳ない。そのまま気にせず書き写してくれたまえ。君たちが書き終わるまで、少しの間、別の話をする事にしよう」



 俺はそう告げると、講義台横にあるIT設備操作用パネルの前へと移動する。



「これから話す内容は、ストックホルムの方で開かれた先月の学会報告資料を、国内向けに簡単に抜粋したものだ」


「皆さんは既に良くご存知の通り、もともと私の専門は、生物学上の童貞の生態について、自然物理学的な側面からの解釈を加えると言うものではあるのだけども、敢えて、新たなるアプローチ分野として、専門外となる“処女”についても科学的な分析を進めている所なんだよ」



 俺はパネル上のいくつかのボタンを操作する事で、講堂上から吊るされている大型プロジェクタの電源を入れた。


 プロジェクタの方は「ブンッ」と言う機械音を響かせた後、左前方に用意されている大型スクリーンに文字を描き出す。



「……Connect to Mobile phone」



 会場には、機械的な女性の声で、携帯電話への接続を促すアナウンスが流れた。


 プロジェクタの起動を確認した俺は、ポケットの中に入れていた自分のスマフォを取り出すと、講堂のITシステムへの接続を行うとともに、保存されていたくつかのファイルを検索し始める。



「……そして、『処女』と『童貞』を比較することで、それぞれの違いを明確化すると共に、更なる童貞としての生態分析に厚みを持たせようと言う狙いを持っている訳だ。それは、非常にアグレッシブかつ、挑戦的なソリューションアプローチと言えるものだろう」


「しかも、現在、学園長の方には新しく本学科の創設についても打診しているところなので、興味のある一般課程の人は、専門課程選択時の参考にして欲しい」



 己が功績を満足そうに説明した後、俺はスマフォを片手で操作しながら、巨大スクリーンに投影されている論文の内容を、つらつらと読み飛ばして行く。



 さて、どの話にするかな……あぁ、これはどうかな?



「童貞-処女間での身体的特徴確認後の行動差異についての考察……」


「これはお互いの身体的特徴を初めて見た後に、どういう行動を取るのかと言う事について、男女2,400名以上の若者にアンケート調査を行った結果についての分析を取りまとめたものだね」



 ここまで説明した所で、俺はある事に気が付いた。



「……あぁ、申し訳ない。今日この会場には体験授業の高校生が来ているんだったね」



 俺は会場の端の方に座って聞いている、まだ幼顔の男女に向かって話し掛ける。



「……誠に申し訳無いけれども、これはR18だから、止めておくね」



 一部、本校の学生の一部からブーイングが沸き起こるが、俺は多少の苦笑いとともに片手を振って会場を静かにさせた。



「とすると……以前の講義て説明した、「貴方は童貞をどう思うのか?」の問いに対する年齢別の分析結果に加えて、今回新たに処女/非処女の分類を新たに加えたものが、このグラフなんだけどもぉ」



 俺は、大型スクリーンに、年代別に分類された感想のABC分析グラフを表示させた。



「ほら、見て欲しい。処女10代の所で大きな変化が認められるよね。更に、年代を一年刻みに詳細化したグラフがこれなんだよ」



 更に新しい詳細年代別のグラフを見た学生達からは、大きなどよめきがわきおこる。



 ……そうだね、グラフには大きな変化が見受けられるよね。例えばこの17歳の部分で……。



「んっ? あぁ、板書の写しが終わった?」



 先ほどまで必死で黒板の文字を書き写していた数人の学生から、書き写しが終わった旨のジェスチャーがあったのだ。



「はいはい。それでは元の講義に戻る事にしようか。この内容は、来週の木曜に開かれる学部内向けの帰国報告会で説明する予定だから、興味のある人は、是非参加してもらいたいね。まぁ、もう満席だったら許して欲しい」



 俺は不器用な仕草で、会場に向かってウィンクをすると、再度黒板の方へと戻って来る。



「……さてさて、それでは、案B’の件だったね」


「元々案Aと案Bの差異は、彼女がシャワーを浴びるかどうかの違いによって分岐すると言う事であったと思う。更に細かく言うと、案Aの場合は、シャワーを浴びる事なく浴槽に入るパターン。そして、案Bは浴槽に入る前にシャワーを浴びるパターンと言う訳だ」


「そして、案Bを遂行する上で問題となるのが、どうやって彼女がシャワーを浴びている間、その美しい裸体を童貞諸氏から隠し通すのか? と言う事だったね」


「そして、そして、案Bの場合は、童貞諸氏に強制的に目を閉じてもらうと言う方法だったのだけども、案B’では、彼女の裸体を“見えにくくする”と言う、異なるアプローチを取る事になるんだ」


「それはすなわち、浴室の照明を全て落とす事で、童貞諸氏の視界を奪ってしまえば良いと言う考え方なんだよ!」


「つまり、童貞諸氏がいかに彼女の裸体を見ようと思っても、彼女の姿は闇に飲み込まれて、決して見る事ができないと言う寸法さぁ」



 ……


 ……


 ……



「あぁ、こらこら。そういう無反応は止めてくれ。先生はそういう反応が一番嫌いなんだ」


「……はいはい、そうだね。その通りだよ。確かにキミの言う通り、照明を全て落としてしまうと、彼女の方も一体どこにシャワーがあるのかすら分からなくなるって事だよね」



 俺は苦笑しながら、質問者の方へと近寄りつつ、スマフォを操作する。



「丁度良い画像がある。これを見てくれたまえ」


「この写真は、とあるリゾートホテルにあるバスルームの写真なんだけど、ほら、次の写真。これは浴室の照明を全て落とした状態を撮影したものなんだよ」



 その写真には、暗闇の中でも、薄っすらと浮かび上がるシャワーのノズルと、ジャグジー付きの浴槽を判別する事が出来た。



「さぁ、思い出して欲しい。もともと浴室と更衣室の扉は……はい、そこの君、どういう扉だったかな?」


「……はい!正解。『すりガラス』の入った扉……だったねっ」



「実はこの写真、脱衣所の方の照明を付けたままの状態にして、浴室の照明を落とした場合の写真なんだね」



「「「おぉぉ、そうかぁ、なるほどぉ~」」」



 会場のそこかしこから、感心する声が聞こえて来る。



「と言う事で、案B’では、浴室の照明を全て落としつつも、脱衣所の照明を付けたままにする事で、浴室を薄暗い状態にすると言う解決方法な訳だよ」


「この状態であれば、童貞諸氏の視力がどれほど良かろうが、彼女のシルエットは見分けられても、決してその先端のサクランボを発見するのは至難の技と言わざるを得ない」


「しかもだ。この『暗闇シルエット』は、これまで説明して来た、『裸エプロン』、『裸バスタオル』と並び称される、成人男性垂涎の三大シチュエーションと言われているんだよ!」


「ただ、ここでも女性陣には注意して欲しい事があるんだ。薄闇で見えにくいとは言え、全く見えない訳では無いと言う事を肝に銘じてほしい。人間の視神経は上手く出来ていて、薄闇の時間がある程度長くなると、瞳孔が開く事で、その状態に順応しようとしてしまうんだよ」


「その為、キミ達に残された時間は、童貞諸氏の個人差にもよるが、およそ30秒~1分半程度であると推測される」


「非常に短い時間ではあるけれども、この間にサッとシャワーを浴びて、そのまま浴槽の中へと逃げ込んでしまう事をおススメしたい」


「また、本案B’は、この様なデメリットばかりでは無いんだよ」



 俺はスクリーン上に、もう一枚の写真を表示させると、会場全体から、感嘆の声が漏れ聞こえて来た。



「そう、こちらのリゾートホテルでは、浴槽横のパネルを操作する事で、ジャグジー内に仕掛けられた照明が点灯する仕組みになっているんだね。この方法は、女優の方達が愛用する、『女優ライト』と同じ効果を発揮して、彼女の七難をすっかり飛ばしてくれる効果を持っているんだ」



 この説明を行った途端、今度は会場に詰め掛けている女性陣の方から感嘆の声があがる。



「残念ながら、案B’については、すりガラスが入った浴室扉を確保するか、もしくはジャグジー内に照明を完備した部屋を探すなど、ある程度の初期投資が必要となるんだね。学生の皆さんでは対応が困難である場合も多いだろう。もちろん、一生に一回の事なのだから、多少の奮発は覚悟の上としても、まずは、案A、もしくはノーマルな案Bでの実施について、検討して欲しい所だね」



 俺が最後の言葉を発した所で、外界から自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来るのを感じた。



「あぁ、ようやく呼び出しが来た様だ。それでは本日の講義はこれまでとする。本日の講義の内容については、2週間以内にレポートにまとめて私の研究室の方まで提出する様に」



 俺はそこまでを言い残し、遠くから聞こえて来たリーティアの声に返事をすべく、意識を妄想の世界からゆっくりと浮上させて行くのであった。

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