第73話 ダモンと言う男
「と・に・か・く、ここを通してちょうだい!」
神殿の入り口近くで守衛の男に食って掛かる女性。
その女性は純白のウエディングドレスの裾をたくし上げ、地団駄を踏む様にしながら守衛に罵声を浴びせている。
「キーっ! 私は急いでいるの!」
「何しろ私は皇子様の正妻になる女なのよ! あなた、そこの所わかってるの?」
「あなたなんか、私のダーリンに言いつけて、南方大陸の端っこまで左遷してもらうわよ!」
なにげに恐ろしい事を口走る女性。
「まぁまぁまぁ。そんなに怒鳴りなさんなぁ」
男性はかなりの年配の様だ。
本来神殿を守る衛兵はエリート職であり、多くの若者が憧れる職業の一つと言える。
しかし、太陽神殿のあるエレトリアは非常に治安の良い街であり、その街の一部として構成されている太陽神殿では特に揉め事も無く外征も行われていない。
その結果、血気盛んな若者はエレトリア侯爵配下の騎士を目指すのが一般的だ。
そういった背景もあり、太陽神殿一帯は、非常に牧歌的な雰囲気に包まれている。
「あんたエルフの村の、シルビアばーさんだろぉ?」
自分よりかなり年配に見える老兵士に『ばーさん』呼ばわりされ、カチンと来た女性は、更にボルテージを上げて怒鳴り散らす。
「何言ってるの、シルビアは私のお母さんっ! 私はその娘のソフィよ。 間違えないでちょうだい!」
「おぉ、これはすまんかったぁ。ソフィさんはシルビアさんに瓜二つじゃのぉ」
「シルビアさんにはワシが子供の頃に良く遊んでもらった覚えがあるのぉ……ほっほっほ」
「いやぁ、長命種のエルフさん達は見かけが中々変わらんからのぉ。さっぱり見分けが付かん」
「そうそう、シルビアさんの娘のソフィちゃんは、ワシと同い歳じゃったかのぉ?」
守衛のおじいさんは自分の真っ白な顎髭をさすりながら、遠い目をして昔を思い出そうとする。
「キーっイライラする。私とあなたが同じ歳の訳ないでしょ!」
「もぅそんな簡単にボケないでよ。いちいち突っ込むこっちも大変なのよ!」
「確か私はあたなよりも五歳は若いはずよ! バカにしないでっ!」
ソフィーは自分がこんなに急いでいるにも関わらず、のんびりとした態度で応対する守衛の言動が我慢できない。
「ほっほっほ、そうかそうか。しかし齢70近くにもなると、五歳ぐらいは誤差じゃ誤差」
そんなソフィーの苛立ちを全く気にする風もなく、更にソフィーの気に障る様な事を言い出す守衛のじーさん。
そんな二人のやり取りを後目に、二人を避けてそっと門を通って行こうとする女性が一人。
「こらこらこら、お母様!」
「何を勝手に私を出し抜いて先に行こうとしているのっ!」
こちらは少し年期の入ったウエディングドレスに身を包み、やはりソフィーと同じ様にドレスの裾をたくし上げつつも、二人に気付かれない様にこっそりと門の中に入ろうとしていたのだ。
呼び止められた
「もぉ! ソフィーは気が利かないわねぇ」
「そのまま
シルビアはぷっくりと頬を膨らませて、自分の娘であるソフィーを叱り飛ばす。
はたから見れば、二十代の姉妹による兄弟喧嘩にしか見えないが、その実、人の三倍以上の寿命を持つエルフである。この三人の合計年齢は、ゆうに二百歳を超えている。
「お母様、私だってそんな風に育てられた覚えは無いわよっ!」
「そんな事より、そのウエディングドレスどうしたの!?」
つい先ほどまでウエディングドレスが無いと大騒ぎしていた母が、いつの間に年期が入っているとはいえ、知らないウエディングドレスに身を包み、コッソリと神殿に入って行こうとしているのだ。気にならない訳が無い。
「うふふ! お友達のベティちゃんに借りて来たの。だってあそこの家ってずーっと男の子ばっかりだったでしょ? きっとベティちゃんのドレスが残ってるだろうなぁって考えたのよ!」
「そうしたらビンゴッ!」
「私が皇子様にプロポーズされた事を話したら、二つ返事で貸してくれたわ! もう、あんなにお願いしたのにドレスを返してくれなかったソフィとは大違いねっ!」
なぜか少し得意げに自慢するシルビアばーちゃん。
そんな二人の会話を聞いて、シワに隠れた細い目を大きく見開き、驚いた風の守衛のじーさん。
「ほほぉ……今日ご降臨されたばかりの皇子様に、二人ともプロポーズされたってのかぁ?!」
「それはめでたい、めでたいのぉ! ほんにそれは良かったのぉ……」
ようやく事態を理解したのか、守衛のじーさんは目を細めて二人を祝福する。
「もぅ、何言ってるの、最初からそう言ってるでしょ!」
「だから、ここを通らせてもらうわよっ!」
ようやく話しが進み始めた事にちょっと安堵したソフィは、守衛のじーさんの言葉をさえぎりつつも、神殿の門をくぐろうとする。
「あぁこらこら。そうは言っても、内神殿に神官以外の者を入れる訳には行かん」
守衛のじーさんはキッパリとダメ出しをして来るのだ。
「キーッ! 私はもうすぐ神族になるのよ。神官なんかじゃなく、神様の方なの! 神官なんかよりももっともっと偉いの!」
「さぁ、分かったならさっさとそこを退きなさいっ!」
ソフィは自分の腰に手をあて、高飛車に命令をする。
「ほいほい、分かったわかった」
「今、大司教様にお伺いを立てに行っておるから、もう少しここで待たれよ」
守衛のダモンじーさんは、割と最初の段階から状況を把握し、若い門番の一人を大司教様の所に走らせていたのだ。意外にできる男ダモン。
「はぁ、はぁ、はぁ。ダモンさん……」
大司教様の元へと使いに出ていた若い門番が、息を切らせて駆け戻って来た。
「はぁ、はぁ……大司教様が直接お話を伺うとの事です。そのまま大聖堂横のテラスの方へお越しいただく様にと……はぁぁ、ふぅぅぅ」
若い門番は何とかそこまで一気にしゃべり終えると、大きく深呼吸をする。
「よし分かった。それでは急いで戻って来た所で申し訳無いが、この二人をテラスの方へご案内した後で、待機所にいる守衛連中を全員ここに呼んできてもらえんかのぉ?」
「テラスの方には、神官見習いの侍女がおるはずだから、そこのテーブルで二人が落ち着くまでお茶など出してもらえば良かろう」
ダモンじーさんはテキパキと若者に指示を出した。
「あぁ、えっとぉ、ダモンさん。本当に守衛全員を呼んで来るんですか?」
「そうじゃのぉ。守衛だけでも足りんかもしれんからのぉ、大司教様にも侍女を十名ほどを門の方に回して欲しいと伝えてくれんか? ダモンからの頼みじゃと言えばわかってくれよう」
少年は少し訝し気な表情をするが、これまで老ダモンの言う通りにして間違った試しがない。
気を取り直して、彼はウエディングドレス姿の二人を促す様にテラスの方へ案内して行く。
「……もし今の話が本当なら、今頃エルフの村は大騒ぎになっておろうのぉ」
「仮に何かの間違いとなったとしても、村人が大人しく帰るとは思えんしのぉ」
「ふーむ……」
「まぁ村人が押し寄せて来るまでもうしばらく時間もあろう。とりあえず料理人どもに発破を掛けて来るかぁ」
「ほっほっほ。面白うなって来たのぉ」
「と言うか、
ダモン老は後ろ手を組みながら、その年齢には見合わないスキップを踏んで調理場の方へと向かって行った。
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