第10話 飲み会の余韻(美沙ちゃんと真琴ちゃん)

「……ねぇ、もう寝たぁ?」



 美紗が私に問いかけて来る。


 ここは橘真琴わたしの部屋。結局美紗はあのまま酔いつぶれて前後不覚。


 あの後、正義セイギ……あぁ、飯田くんね。飯田正義いいだ まさよしくん。みんなからは飯田イイダコとか、正義セイギって呼ばれてるの。……と二人で何とかタクシーに乗せて私のアパートまで運び込んだって訳。


 美紗は港区のタワマンに住んでるんだけど、あそこのお父さん結構厳しいから、さすがにこの時間につれて行く根性は無かったわぁ。まぁ、タクシーに押し込めてしまうって手も無い訳では無かったけど、さすがにそれは親友として心が痛むってものよ。



「ううん、起きてるよぉ。なに? 水でも持ってくる? それとも気持ち悪くなったぁ?」



「ううん……ごめんね。迷惑かけて……」



「えー全然っ。私なんて、これまでいつも美紗に助けられてばっかだったじゃん」


「だいたい、私なんてずぅっと部活に夢中で、宿題とかも殆ど美紗のを写させてもらってたしぃ。この大学に入れたのも、高三の時に美紗に付きっ切りで勉強教えてもらったからだからねぇ」



 もともと私はスポーツ女子で、高校のインターハイの代表になった事もある陸上娘だ。大学もスポーツ推薦で入れると思っていたけど、三年生の春にちょっとした事で靭帯をやっちゃって陸上を断念。仕方なく自力で大学を目指す事に。



「……そんな事無いよ。高校の時はいつも一人で、すっごく寂しくて。誰も話しかけてもらえなかったのに、真琴だけが普通に話しかけてくれたんだよ」



 うん、まぁ、そう言う事もあったね。確かに私は元気ハツラツの姉御系で、自分で言うのも何だけどクラスの人気者チームの一員だったしなぁ。それに比べて、美紗は誰とも口を利かないちょっと暗い雰囲気の子だったからねぇ。だからって訳じゃ無いんだけど、ほっとけなかったんだよねぇ。



「そう言えば、美紗ってかなり痩せたよねぇ。だって高校の時は結構なトコまで行ってたよねぇ。あははは...はぁ?」



「……真琴。それだけは誰にも言わないで。私の黒歴史なんだからっ!」


「既に私の自宅にある全ての情報機器からは、私の高校時代のデータは完全に消去済みよっ! なんだったら高校に忍び込んで、当時の卒業アルバムの全データを燃やしてしまいたいくらいなのよっ!」



 急にドスの利いた声で凄む美紗。



 ……おーこわっ! 美紗コイツいつかやるなっ。



「でも、なんで変わろうと思ったの? 大学に入ってから急に綺麗になったもんねぇ」



「そっ、そう? そう思う? やっぱりそう思う? ねぇねぇ。そう思う?」



 ……しつけーよ。美紗。



「あっあぁ、思うよ。思う、思う」



 とりあえず、めんどくさそうに肯定する事で話の腰を折ってみる。



「だよねぇ。私変わったの。あの日、彼に会ってから、変わろうって思える様になったの」



 ……へこたれないなぁ。美紗。



「へぇ、美紗にそんな事があったんだぁ。私にも話してくれて無かったじゃん。誰だれ? 美紗をこんなに変身させた彼って」



 ふっとベッドの横で寝ている美紗の顔を見ると、「にへら」と妙な笑いを浮かべている。



「うーん、どうしよっかなぁ。言おうかなぁ。えぇぇ、どうしようかなぁ。うーん……」



 ……めんどくせーよ。美紗。



「もう、分かったから早よ言えっ!」



「えぇぇ、うん。……けっ……慶太……君っ」



 ……おりょりょ、そう来たか。



「あれ、でも慶太と付き合ったのって、今年の春頃じゃ無かったっけ?」



 ……うん? 計算が合わんぞ?



「うん、そうなんだけど、本当は大学に入ってすぐの、報道研究会のサークル新歓コンパで会ってたの」



「へぇぇぇ」



 ……おぉっ! ちょっと面白くなって来たぞぉ。



「そいで、そいでっ!」



「それでぇ。その時も私、誰からも相手にされなくてぇ、一次会の途中で帰ろうとしたの」


「そしたら、鞄に入れてたはずの財布が無かったのよぉ」



「あらら、そりゃ大変だったねぇ。それで?」



「私が鞄の中を探しておろおろしてたら、ちょうど横に居た慶太くんがね、どうしたの? って聞いてくれたの」



「ほうほう、慶太もなかなかやる男だのぉ。……それで?」



「うん、それでぇ、鞄に入ってるはずの財布が見つからないって話したの。そしたら、何て言ったと思う。ねぇ、何て言ったと思うっ??」



 ……だから、めんどくせーよ。美紗。



「えっ? で、慶太は何て言ったの?」



「彼はぁ~、『心配しなくて良いよ、俺が抱いてやっちゃ』って。キャッ!」



 ……はて? この子の言う事は、さっぱり分からんぞ?



「もう、『やっちゃ』って、ラムちゃんみたいでかわいいでしょ?」



 ……おいおい、突っ込みどころはそこかよっ? そうじゃ無いだろって。



「しかも、『抱いてやる』なんて言うから、『私なんかで良いの?』って聞いちゃったわよぉ」



 ……あぁ、美紗きみのその発想とメンタルが想像できんな?



「そしたら、彼って『あたりまえだろう?』だって。キャッ!」



 ……おいおい、『キャッ!』じゃねーよ。話がかみ合ってないっつーの。



「私、男の人にそんな事言われた事無くってぇ。しかもこんな強引な人って始めてだったからぁ、思わず『お願いしますっ!』って言っちゃったの」



 ……おいおいおいっ!、言っちゃったぁー。言っちゃったのかこの子はー。残念な子だなぁー。



「そしたら彼が、『任せて。それじゃ今日は早く帰った方が良いよ』って言ってくれて、あぁ、これっていつか迎えに行くまで待っててくれって事なんだな? って思ってその日は帰ったの」



 ……もう、突っ込みどころ満載だなぁ、おいっ! まず手近なところから片付けて行くかぁ。



「で、結局財布無くて、どうやって帰ったの?」



「あぁ、結局新宿から高輪までタクシーで帰って、パパにお金出してもらったの。それから財布は最初から自宅に忘れてたみたい。てへっ!」



 ……『てへっ!』じゃねぇよ、『てへっ!』じゃっ! おごられる気まんまんかよっ。



「もう、その日から毎日がバラ色に変わったの」



 ……もう、美紗お前の頭の中がお花畑な。



「それから、いつまで待っても慶太君から声が掛からなくって、どうしてなのかなぁ。って考えた訳」



「はいはい、それでぇ?」



「たぶん、私が思うにぃ、慶太くんは、私が慶太くんにつり合う様な女になるまで、待ってくれてるんだなっ? って思ったの」


「その日から、私の自分磨きの旅が始まったわっ!」



 ……旅はじめちゃったかぁぁ。そうかぁ。始めちゃったかぁ。



「まずはダイエット。だいたい考えてみて。痩せている人はいくらでも厚着をすればグラマラスになれるけど、太った人はどうやっても太った人にしかならないのよっ。だから、何にも我慢しないでブクブク太っている人が私は大嫌いっ!」



 ……おいおい、大体お前も高校の時、太ってただろう?



「その後は、ママの知り合いのビューティーコンサルタントにお願いして、毎週モテメイクについて学んだわっ!」



 ……すげーな、金持ちのやる事はえげつねぇぇぇ。



「結局そうやって、慶太くんから声が掛かるのを三年待ったの」



 ……もー突っ込まん! 絶対突っ込まんぞぉ。でも、やっぱり、何で三年も待ってるんだよっ!



「三年の秋には学園祭で準ミスにもなったのに、全然声が掛からないから、さすがにおかしいなぁ。と思って、もう、一大決心で私から彼に話掛けたのよ」



「ほっ、ほーう、で、何て声掛けたの?」



「もちろん、『そろそろ抱かれてあげてもよろしくってよっ!』って言ったの」



 ……あっちゃー、その伏線残したまんまで、ここで回収してきたかぁっ。



「そしたら彼が、『そ、それじゃ、お友達から』って言うから、お友達になってあげたの」


「もう、三年も待ったんだから、彼の好みなんて、何でも知ってるのよ。うふふっ」



 ……うふふじゃねぇよ。もう、ストーカーだよ、美紗。よく捕まらなかったなぁ。



「へぇ、良かったねぇ」



「そう、美紗が変わるキッカケを作ってくれてぇ、昔の私でも受け入れてくれてぇ、しかも『抱いてやる』って男らしい面も持ち合わせててぇ、……もう最高に格好良いのっ!」



「……あっそう……」



 あー、もう飽きたなぁ。まぁ何で慶太が急に『抱いてやる』って言ったのかは謎だけど、もう眠いからいいか、明日正義セイギに聞いてみよっと。



「早く『抱いて』くれないかなぁ。ちゃんと準備は万全なのに。でもあの日は駄目よっ。絶対駄目なのっ!」


「だって、だってね……ねぇ真琴ぉ。ちょっと聞いてるぅ?」



こうして、真琴と美紗の夜は、延々と続くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る