主と騎士、あるいは友達として

優太が剣道場に着いた時には既に鍵が開いており、合鍵を使用する必要がなかった。


「おはようございます!よろしくお願いします!失礼します!」


優太はいつもと同じく、挨拶と一礼をして道場内に上がる。

いつもと同じ時間、いつもと同じ道場、いつもと同じ挨拶。

そして、いつもと違う光景。

いつもは誰もいない道場内に2つの影があった。

アリスとリリである。


「おはよう。待っておったぞ。身体の方はもう大丈夫かの?」


(おはようございます、ユータ様。早起きですね)


アリスとリリは普段と変わらない、明るい笑顔で優太を道場内に迎え入れた。


「ああ、おはよう。俺はいつもこの時間に鍛練をしているからな。2人も今日は早いな。身体の方もおかげさまで大丈夫だ。助かったよ、ありがとう。それにしても、今朝のメモには驚いたぞ。あと、どうやって道場内に入れたんだ?鍵はかかっていただろ?」


「魔法で鍵を開けた、と言いたい所じゃが、勝手にするとシュードイラ殿と変わらない行為じゃし、そなたが来るまで道場の前で待つつもりだったのじゃ。しかし、たまたまサヤヒコ殿に出会ってな。好意で中で待たせてもらう事になったのじゃ」


「そうか。鞘彦さんに会ったんだな」


サヤヒコ、刀藤鞘彦とうどうさやひこはこの剣道場の主であり、優太は彼の奥方と共に孫のように可愛いがられている。

また、鞘彦は礼節を重んじ、無礼な輩に対しては厳しい。

そんな彼が大切な剣道場に招き入れたのだ。何があったのかは分からないが、アリスの事をいたく気に入ったのだろう。

もし、勝手に魔法で鍵を開けていたのなら、自分の主人であろうと、注意しようと考えていた優太は、アリスの口から鞘彦の名が出た事で、彼女の言葉を信じ、また、経緯に納得するとともに、鞘彦が彼女を気に入ったことに安心した。

いずれは鞘彦にアリスを紹介しようとしていたので、お互い好意的であるに越したことはない。


「それで、あのメモはどうしたんだ?」


疑問の1つが解消されたので、もう1つの疑問、本題に移る。


「そうじゃったな」


一呼吸置いたアリスは優太を真っ直ぐ見て語る。


「まずは優太よ。昨日の戦いでは大義であった。シュードイラ殿の騎士候補に打ち勝った事はもちろん、そなたの言葉にもわらわは助けられた。本当にありがとう」


彼女は花が咲くような微笑みとともに感謝を伝えた。


「いや・・・俺はあまり力になれなかった」


昨夜の無力な記憶が蘇り、優太は苦笑した。

しかし、アリスはそんな彼の言葉を否定する。


「そのような事はない。もし、単純な戦闘の事を悔やんでおるのならそれはお門違いじゃ。わらわ達は実戦こそ未経験じゃが、こと戦う事に関しては幼い頃から教養として徹底的に叩き込まれておる。それを、戦闘に関しては素人のそなたがシュードイラ殿や、彼の使い魔と万が一張り合えたとあっては、彼の立つ瀬がなかろう。それに・・・そなたはあまり力になれなかったと言うが、わらわにとっては大いに力となった。もし、そなたがいなければ、そなたの言葉がなければ、わらわは戦う前からシュードイラ殿に敗けておった」


シュードイラに敗けていたら、きっとアリスにとって残酷な未来が訪れていただろう。

彼女は目を伏せて、そんな未来はもう訪れないのだと自身に言い聞かせ、悲惨なイメージを追いやった。

そして、自分を立ち上がらせてくれた優太を見つめる。


「そなたがおったから、そなたやリリが王女と認めてくれておる事を思い出させてくれたから、わらわは戦う事ができた。つまり、シュードイラ殿にはわらわ1人の力で勝利したのではない。わらわとそなた、そしてリリの3人の力で勝利したのじゃ」


じゃから、もっと胸を張っておくれ。

アリスは力強い眼差しで、優太を激励したのであった。


ー パンッ ー


「さて、それを踏まえてじゃ」


昨日の戦いの反省はここまで、とでもいうようにアリスは手打ちして、話題を本題へと切り替える。

彼女は笑顔を引っ込め、代わりに真剣な表情を浮かべて優太に向き合った。

大事な話である事は明白なので、優太の方も真剣な眼差しでアリスの視線に応える。


「優太よ。昨夜の戦いで傷を負ったであろう」


「・・・ああ」


「下手をすれば死んでいたかもしれぬ」


「ああ」


「そして・・・この先もわらわと共にいるならば、今後も昨夜のような出来事が起こる事も少なくないはずじゃ」


「・・・」


むしろ、もっと激しくなるかもしれない。

自分と一緒にいるという事は、危険と隣り合わせの人生を送る事であると優太に訴えかける。

そこで一呼吸置き、アリスは意を決して口を開いた。


「それでも・・・そなたは、わらわの騎士となってくれるのか?」


半ば祈るようにアリスは優太を見つめる。

その眼差しは凛としたものだが、瞳の奥には不安も見え隠れしていた。


優太の答えはーー


「もちろん」


肯定、それも即答である。


「俺の願いは変わらない。アリスの騎士になって、お前の力になりたい」


その前に白騎士の弟子になって強くならないとな。

そんな風に付け加えて、冗談めかして笑う優太であったが、瞳には迷いがなかった。

アリスはその言葉を聞いた瞬間、瞬間湯沸し器のように一瞬で顔が真っ赤になった。


「わ、わわわ、わらわの騎士になって力になりりり!?」


「いや、騎士になって欲しいって言ったのはお前じゃないか」


恐ろしい程照れてテンパる彼女とは正反対に、優太は冷静に、少しの呆れを含んだ苦笑で答える。


「わ、分かっておるわ!そ、そなたが間髪入れずに即答しおったから驚いたのじゃ!」


一度大きく吠えたアリスは、まったくもって不安がっていたわらわが馬鹿みたいじゃ。だとか、先日に会ったばかりの者によく命を預けられるのう、少しくらい躊躇せよ。だとか、動転させれた事が癪なのか照れ隠しなのか分からない文句をゴニョゴニョぶつぶつ垂れ続ける。


しかし、そんな悪態とは裏腹に、表情は明るく、口元には笑みを浮かべているので、心の内が丸分かりであった。

見ていて面白いが、いつまでもはキリがないので、頃合いをみて優太は返答を促す。


「で、返事はどうなんだ?俺をお前の騎士にしてくれるのか?」


彼の言葉に、うぐっと喉を詰まらせ黙ったアリスは、今以上に顔を赤らめて消え入りそうな声で、しかし、優太に届くようにはっきりと、彼から目を逸らさずに自分の思いを伝えた。


「・・・わらわも、そなたにわらわの騎士になってほしい。そなたじゃなきゃ嫌じゃ・・・」


「じゃあ、契約完了だな。これからよろしく、お姫様」


「お、おおお姫ぇ!?・・・う、うむ。こ、ちらこそよろしくたのみゅ」


言われ慣れていない呼び名にまた動転し、最後は噛んでしまったアリスであるが、しっかり頷き、歓迎の意思表示をする。

彼女の傍に控えるリリも、祝福するかのように二尾を大きく揺らした。

その後、アリスが落ち着くのをしばらく待ってから、優太は彼女に問いかける。


「それで次は何があるんだ?この道場に呼び寄せたのは騎士になるかどうかの意思確認だけじゃなく、何か他にも目的があるんだろ?」


わざわざ場所まで指定しているのだから、その場所に関する目的があると優太は踏んでいた。

そして、その予想は正解であった。


「もちろんじゃ。まあ、そなたがわらわの騎士になってくれた場合を前提にしておった訳じゃが、どうやら本命の目的も果たせそうじゃ」


アリスは安心した表情で答える。

一応、その目的について優太にも拒否権はあるのだが、彼は拒否しないだろうという予感が彼女の中にあった。


「そうだな。その目的もだいたい想像がつく」


予感は的中していたようで、優太は否定的な態度ではなく、むしろ歓迎しているかのようであった。


「まあ、この場所がほぼ答えじゃからな。・・・して、優太よ。予想は出来ておると思うが、剣術の稽古をしてみんか?」


「ああ、もちろんだ。むしろ俺からも頼む。・・・昨日の戦いで自分の無力さを思い知らされたんだ。今のままじゃ到底アリスの力になるどころか弱点になってしまう。昨日のようにいたぶられている近くで、ただ立ち尽くすだけなのはもう嫌なんだ。だから、せめて盾になるだけの力が欲しい。」


優太は苦い顔で胸の内を語る。

アリスは昨日の戦いについて感謝と称賛をしたが、彼自身は納得していなかった。

主を守れなくて何が騎士か。

それに、今の優太が白騎士に弟子にして欲しいと請うた所で門前払いだろう。

ならば、せめて主の盾になるだけ。

それぐらいの、主の為に動ける力はつけなければ、白騎士に合わせる顔もない。


自分は弱い。

でも、弱いままじゃ駄目だ。

遅かろうと、少しずつだろうと、強くなろう。

優太は決意を胸にアリスの申し出を快諾した。


「それじゃ決まりじゃな。・・・そなたの決意は騎士としては立派で美しい。じゃが、わらわは嫌じゃ。そなたは騎士であり、我が友じゃ。力不足のまま盾となって死ぬのは許さん。剣となって共に戦い、盾となって共に守るのじゃ。その為に稽古を、鍛練を積んでいく事を努々忘れるでない」


アリスは優太の真剣な眼差しと想いを受け止め、また、彼女自身も真剣な眼差しと想いを彼にぶつける。


「・・・分かった。俺も別に死にたい訳じゃないしな。生きてお前の力になりたい。だから、しっかりと心に刻みつけて稽古に励むよ。」


「うむ!わらわも未熟ゆえ、共に切磋琢磨していこうぞ!では、さっそく今から稽古するぞ!」


「はい!先生、よろしくお願いします!」


想いをぶつけ合う事で、一歩絆が深まった2人は元気よく稽古を始める。

主と騎士、あるいは友達として、共に生きて強くなる為に。

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