4月2日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで島津保次郎監督の「上陸第一歩」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで島津保次郎監督の「上陸第一歩」を観る。


1932年(昭和7年) 松竹(蒲田) 88分 白黒 16mm


監督:島津保次郎

脚色:北村小松

撮影:水谷至宏

音楽顧問:高階哲夫

録音:土橋武夫、土橋晴夫

出演:水谷八重子、岡譲二、奈良真養、江川宇礼雄、河村黎吉、飯田蝶子、吉川満子、沢蘭、滝口新太郎


上映後にトイレで立ち小便をしていたら「昔の映画は物語がよくわからないねぇぇ、昨日の映画もそうだったけど」と隣の便器のおじさんに話しかけられ、「そうですね……、やっぱり、役者さんが見所じゃないですかね」と答えた。


外に出て自転車に乗ろうとすると「若いのに、こんな昔の映画を観に来るんだねぇぇ」とバイクに乗ろうとする初老のおじさんに話しかけられ、「ええ、良く来るんですよ……、でも、若い人はやっぱり観に来ませんよ」と答えた。


そんな映画を特集しているらしい。たしかに昨日は物語らしい起伏は乏しかったが、今日は一段と劇的な脚本となっていた。船乗りが上陸し、身投げしようとした女を救い、交流して、別れることになる。立派な物語は成立しているにもかかわらず、わからない人にはわからないほど面白味が欠けているらしい。


しかし自分にとっては今日の映画も発見があった。男がドア越しの女に「もういいかい」と小さい頃の遊びで使ったまんまの抑揚で声をかければ、「まあだだよ」と返さずに、「もういいわよ」と答える。今は聞かない遊び言葉は、実際に大人達の間で生きていたのだと知れる。また、「達者でな、縁があったらどこかで会おうぜ」という言葉でも、今とは異なる男らしい“ぜ”が存在していて、「じゃあ、あばよ」という言葉も冗談ではない。


今なら主役として扱われないであろう昔の日本美人らしい切れ長の目の水谷八重子さんは、横顔はむしろのっぺりとしているが、これこそ昔の綺麗だったのだろう。面立ちの系統は田中絹代さんも似ていないことはない。ところが岡譲二さんは西洋人にしてもおかしくない男前で、大きく荒っぽい声と動作を含めて男っぷりが立っている。今でもこのような顔の整った俳優はいるが、野獣らしい目の光り方と声量は生み出せないだろう。三船敏郎さんの「ばかやろう」を想起させるドスの強さがあり、世界的な役者へ続く礎の役者がいたのだと実感させられる。


やはり西洋映画の影響を強く受けた舞台や構図となっており、歯磨き粉のパッケージがショーケースで見るような代物で、酒場の乱闘はこんなところが昔の波止場にはあったのだと今の居酒屋と比べてしまうほど立ち姿の似合う風情があり、着物姿でもウェーブのかかった髪型がその当時らしい女性と分厚いトレンチコートに丸形のハットを被る男性で社交ダンスを踊る姿は、当時なら流行の先を行く文化かもしれないが、今となっては心和やかになる絵面となっている。


おじさんは物語がないなんて言うけれど、乱闘シーンはわざとらしさが見える荒削りな型ながらも臨場感はあり、特に船着き場では早送りとなるところがコミカルでおもしろかった。撃たれたふりをする演出も常套的かもしれないが、「ああ、よかった」とこちらを思わせる映画らしさがある。


そして水谷さんと岡さんの演技がやはり見所だ。泣く女に変に慰めない荒くれた男の姿は、もはや稀少となった。今は女が強くなり、男はやたら媚びを売るだろう。


物語を感じられなくても誰かが楽しんだ映画の画面がある。今の人には感じられない当時の人情は表層の先にあり、そのわかりづらい雰囲気にもはや失われてしまった昔の日本人の心が生きていると感じられる作品だろう。

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