3月11日(木) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団 第401回定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団 第401回定期演奏会」を聴く。


指揮:下野竜也

ハープ:吉野直子

ヴァイオリン:徳永二男

コンサートマスター:佐久間聡一


モーツァルト:ディヴェルティメント ヘ長調 K.138

ニーノ・ロータ:ハープ協奏曲

バーバー:弦楽のためのアダージョ

コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

アンコール

アルフォンス・アッセルマン:泉

ジョン・ウィリアムズ:シンドラーのリスト

マスネ:タイスの瞑想曲


日本どこよりも早く桜が開花したとニュースされる広島の今日らしい演奏会だった。春の3月は眠りから醒めるように劇も音楽も活性化して忙しく、今月だけでも広響の音楽を3回は聴くことができる。


最近の王道の人気曲とは異なるプログラムに接する続きのようで、予定されていたブルックナーの交響曲第1番の重厚になったであろう内容と異なり、肌合いのよい日常のドラマを観る曲構成となっていた。


桜の発表にぴったりするモーツァルトのディヴェルティメントから始まり、眠気よりも快さが先に走り、爽やかで美しい音に誰しも麗らかになるようだった。ひさしぶりにモーツァルトを聴いて下野さんの持つウィーンの体験と思い出が薫ずるようで、伝統のウィーンらしい響きよりも、素敵な情感が新鮮な空気としてすっきりあらわれるようだった。


続くニーノ・ロータの曲は「アランフェス協奏曲」を聴くような細やかな弦の響きが場内に満ちており、これほどハープは表現力を持っているのかと感動で身震いした。詩想と胸の内そのままの音の流れは吟遊詩人という言葉の存在をはるか昔から特別に浮かびあがらせるほどの輝きを持ち、複雑ではないからこそ作曲家そのものの個性が世俗でも高等にもしない中庸で高い音楽性を持ち、その中で時折強く思いが飛び立つように弾かれたり、心の琴線を打つという言葉通り胴に共鳴されない芯のある音が胸に流れてきた。第一楽章の綺羅びやかなカデンツァのあとのオーケストラの入りがすべて語るように、対決することのない調和を全楽章にみせていて、イタリアらしい牧歌的な山と遙かに見下ろせる地中海の潮騒が管楽器から立ち上るようだった。


アンコールの吉野さんも聴いたばかりの姿同様に非常に素晴らしく、希有な瞬間は誰もが魅了される上下の流れに耳を澄ませるばかりだった。


バーバーの曲は数年前にも追悼の意味を込めて演奏を耳にした記憶があり、今回はその時よりも明確に弦楽の進行が伝わってきて、ディスカバリーシリーズで何度も聴いたベートーヴェンのピアノ曲の弦楽版と違って、下野さんらしいビロードを重ねる優しさと繊細さに強い祈り加わり、破裂する休止に深い哀悼が流れたのを再び感じた。


今日の演奏会は映画をテーマにしたプログラムという説明にあるように、大層でないドラマがあるようだった。コルンゴルトの曲に下野さんの語るハリウッド音楽の源流を探して無理にあてはめたりしたが、最初から関連させてしまったのはスケールの大きいオイストラフのようなヴァイオリンだった。徳永さんのビブラートは豊かな幅で懐の広い歌を響かせていて、音は細くなく、大きく、か細さなど存在しない繊細かつ腰のすわった音色を奏でていた。その存在の大きさは時代がかっており、自分がクラシック音楽を聴くようになった頃にはすでにN響を退団されていたので、タイムリーに目にも耳にもすることはなかったが、端正で上背のある姿が雰囲気を放つように、古い映画に登場する威厳ある貴族のようなたたずまいがそのまま音楽に表れていた。厚み、膨らみ、そして音の表現力は近頃聴いたことのない特別な味わいで、機械のように精確で技巧があるのと異なり、とにかくにんまりしてたまらないほど音が旨くてしかたなく、下野さんの巧みなオーケストレーションの進行に同調して、これまた見事な演奏となっていた。


アンコールのシンドラーのリストは変に感傷的にならない弦の響きとなっていたので、技巧や感情ではなく、音楽とは何が根っこにあるのか考えさせられる演奏となっていた。さらにあったとびきりのアンコールでは吉野さんと徳永さんによるタイスの瞑想曲が演奏されると、音と音の会話をそのまま目にして、ただただうっとり感動するばかりだった。


映画で感動するのも実際には理由がないのかもしれない。ニーノ・ロータの手がけた音楽が頭の中に映像で蘇ると、どうしてあれほどの物語が生み出せるのかと考えてしまう。結局心なのだろう。今月限りで定年退職するコントラバス奏者の斎藤賢一さんへのセレモニーも温かく、心と心の繋がりこそ、かけがえのない人生で輝かしい記憶として共有されるのだと、映画も音楽も同じ心から生み出された時に思いを馳せる芸術だと気付かされるようで、曇りない幸せに満ち満ちた素晴らしい演奏会だった。

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