3月5日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで五所平之助監督の「からたち日記」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで五所平之助監督の「からたち日記」を観る。


1959年(昭和34年) 歌舞伎座 120分 白黒 35mm


監督:五所平之助

脚色:新藤兼人

原作:増田小夜

撮影:宮島義勇

美術:平川透徹

音楽:芥川也寸志

録音:岡崎三千雄

照明:平田光治

編集:長田信

出演:高千穂ひづる、水原真知子、泉京子、紫千代、南風洋子、田代百合子、村田知栄子、浦辺粂子、田村高廣、東野英治郎、磯野秋雄、関千恵子、不破たか子、織田政雄、飯田蝶子、殿山泰司、清村耕次、柴田昭雄、島倉千代子、伊藤雄之助


生い立ちから描かれる男の映画は瞬時に思い出せないが、今日の作品を観てすぐに連想したのは今村昌平監督の「にっぽん昆虫記」と成瀬巳喜男監督の「浮雲」だった。


変転する女性主人公の演じ分けが見どころになるこの映画は、初めて主演として目にする高千穂ひづるさんが幼い顔立ちに合う働き者の若い女性と登場してから、芸者になり、妾になり、第一印象とは異なる甘い声を出して男に仕掛けたりするのだが、基本となる体を動かす事が好きな性質は絶えず休まない。それは繰り返し火鉢を使ってタバコに火を点けられるシーンが、熱は冷めずにあることを寓意しているかのようだ。


画面はデジタルかと思うほど鮮やかなモノクロで、肌理まで映し出す空気感よりも、明暗に深さを持った奥行きがとても綺麗だ。この作品はなんといっても諏訪湖からの一望を含めた信州の大景観が美しく、音楽はしなだれるように甘く画面にとりついてややくどいのだが、ロケーションと家屋のセットが非常に細かい味わいと雰囲気を持ち、フレーミングはわりとがっちり遠近を使って固定され、パンはゆるやかできつさはなく、ドリーもじわりじわりと惹きつける効果を持ち、斜めのアングルも使った幅広い各ショットはどれも質の高いコマとなっている。


平凡にはいかない人生の移り変わりの描き方はやや単調となる編集があって、成瀬巳喜男監督のような長回しによる色恋沙汰の妙味を現前させるシーンはなく、むしろ味気なく、脚本通りにただ進めるような機械的な場面もないことはない。ただ、粘っこく男にしがみつくような女性らしい複雑さがない分だけからっとした味わいとなり、それをつまらないと思う人もいるかもしれないが、ドロドロすることなく不幸の連続と浮浪を観ることができるともいえる。そのかわり男っぷりをみせる姿は高千穂さんに似合わず、メッキで気張ったような演技をわざとしているのかもしれないが、歯の浮くような気分を露店商売のシーンに感じた。


浮かび上がることなく不遇の溜池に浸かっていくような作品ではなく、高千穂さんの顔どおり最後は元気に終わる映画となっている。峠を駆け下りるシーンは悪くないのだが意匠はやや空回りするようで、むしろそのあとの畑で大地を踏むシークエンスが非常に素晴らしかった。これは純音楽といわれる曲に感動するよりも、むしろバレエ音楽のような劇的な調子や民族音楽に感涙するような親しみやすさがあり、峠から続いていた芥川也寸志さんのリズムある音楽とのマッチが寸分違わず、ここで伊藤雄之助さんが登場するのがなんとも言えない和音として気分を一気に愉快にさせてくれる。


すこし物足りないと思われた映画だが、終わりよければ全て良しと、やはり新藤兼人さんの脚本の上手さが最後に光る作品となっていた。

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