2月28日(日) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・能楽場で「遊び座能の会 『井筒』」を観る。
広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・能楽場で「遊び座能の会 『井筒』」を観る。
解説:樹下好美
仕舞「融」
源融の霊:山本博通
地謡:藤井丈雄、長山耕三、水田雄晤
薩摩琵琶:「敦盛」
辻山錦篁
能「井筒」
井筒の女:山下あさの
旅僧:原大
間:安東元
笛:赤井要佑
小鼓:横山幸彦
大鼓:森山泰幸
後見:塩谷恵、山本博通
地謡:藤井丈雄、長山耕三、水田雄晤、波多野晋、松浦信一郎
山下あさのさんの遊び座能の会の公演は予定が合わない続きで、観るのは2年振りとなる。そもそも初めて観た能楽が山下さんの「安達原」で、その時は眠気の中でなんとなくもわからなかった印象を持っていて、それから広島護国神社や厳島神社で観る経験を重ねたが、最近は観れていない。
それでも古文の読書や劇鑑賞の成果だろうか、初めて観た時よりもはるかに味わいが知れた。
まず解説の樹下好美さんが能楽師のようにひたひたと歩いて登場し、「井筒」についての話をしてくれる。非常に興味深い話となっており、目線がすでに研究者としての解釈の違いや作品構成の経緯など古文や歴史の教養が土台にあっての話になるが、もちろんそれらがなくても楽しめることを紹介してくれる。ただし伊勢物語や平家物語を知っているとより味わいが増すことは確かだろう。
仕舞「融」が始まると、テレビや動画だけでない生の臨場感に視覚は獲物を求めるように食らいつく。曲の始まる前にわずかな場面紹介があり、月光を舞台の遙か向こうに定めて山本さんのきびきびした舞を観る。雄壮で凛とした動作に、月夜に現れた源融の一幕を確かに観る。
続いて以前「耳なし芳一」で観た辻山錦篁さんの薩摩琵琶となり、平家物語や源氏物語をわからないながら音読する習慣を持ったので、文法としての正しい言葉の解釈よりも不確かながら内容を読みとれる耳ができあがったらしく、もらった資料から原文と照らし合わせることなく歌われる言葉の輪郭が入ってくる。より振動の情緒を持った薩摩琵琶は、大きく平たい撥があってこその独特な奏法と表現となっており、長唄や歌舞伎などの大袈裟な歌い回しの造形らしく、派手で豪放な平家物語の一幕がありありと描かれる。
休憩後に「井筒」が始まり、基礎の読解能力と教養がなければたいていの人は能楽を退屈な舞台として観終わることを実感する。実際初めて観た時の自分は何が何だかわからず、能楽の曲を時折音読しているからこそワキや地謡の謡が今回初めて実感として聴き取れた。外国語を知らない者がその国の歌を聴いても歌詞が実感できないように、古文を知らなければ曲の持つ原文の味わいは何一つわからない。今回もやはりシテの謡は面に濁され、掛け声と被って聞こえないことのほうが多くあるものの、時折鮮明な場面で短歌が謡われ、そこで意味が聴きとれないと醍醐味の一つを取りこぼすことになる。
とはいえ奥深く無数にある醍醐味をほとんど得ることのできていない自分がそう語るのもおかしいが、曲を観る前に一度原文に目を通しておいたほうが確実に楽しめるだろう。観に来ている人には教え子として原文を手に持っている人が少なからずいて、上演中に言葉を照らし合わせているのだが、結局地謡と掛け声の被る場面は言葉が聞きとれないのだから、それよりも微細なシテの動きに注目したほうが良さそうだ。今回最も感覚として響いてきたのが能楽師の所作で、前場からほとんど動かずに語られる中で、ほんのわずかな角度の変化で表情は一変する。むしろ固定などされておらず、場面場面の能楽師の呼吸に憑依していて、若女の深奥な心が見えないながら響いてくるのだ。わずかな顔のさげ、向きの違いなど、これほどのものがあるのかと驚き、鼓や地謡のタイミングも今回は明確な区分があることも感じられた。ただ後場には神経の疲れが眠気に変わり、優美で奥深い情緒の舞に観とれながら、時折視覚が暗くなっており、大鼓の一撃に鋭く覚まされることがしばしばあった。
能楽の鑑賞は正直なところ神経戦となっていて、クラシック音楽は敷居が高く眠くなると人から聞くこともあり、たしかにそのような面もあるのだが、能楽に比べるとはるかに優しい鑑賞になるだろう。ただ今回は眠さよりも観点がところどころ新たに生まれたように直観が楽しく、ようやくと言ってはおそらく語弊になるが、能楽を楽しめる感覚が嘘偽りなく備わったと知ることになった。
それにしてもすばらしい舞台だった。今後も山下さんの動向に着目しつつ他の予定とぶつからないことを祈り、次の舞台は予習して観に行くことを決める。そして、せっかくアステールプラザに能舞台があるのだから、もうすこし能楽の舞台が動かないものかと、率直な欲求をまた考えてしまう。
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