2月14日(日) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで時川英之監督の「鯉のはなシアター」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで時川英之監督の「鯉のはなシアター」を観る。


2018年(平成30年) 2018「鯉のはなシアター ~広島カープの珠玉秘話を映像化したシネドラマ」製作委員会 94分 カラー Blu-ray


監督:時川英之

原作:桝本壮志

脚本:時川英之、北川亜矢子

音楽:佐藤礼央、田村智之

撮影:Ivan Kovac

照明:村地英樹

録音:清水良樹

美術:部谷京子

出演:徳井義実、矢作穂香、小越勇輝、高尾六平、八嶋智人、松本裕見子、尾関高文、石本竜介、小沢一敬、緒方かな子、那波隆史、末武太、東ちづる


カープファンでもない自分がなぜこの映画を観に来たか。貴重な監督の話が聞けるからだろう。それに「彼女は夢で踊る」の噂はRCCラジオで主に知っており、時川英之監督の名前は横山雄二さんの口から何度もラジオの流れる職場で耳にしていたからだ。


映画が始まってすぐに気になったのが録音の状態で、鮮明な画面に光が眩しくおさめられているのも含めて吉松幸四郎監督の作風が頭をよぎり、大手の会社による作品よりも、どちらかというとインディペンデント映画らしい音声と画面になるのかと思った。


小さい頃から「素直な子だね」と言われ、実際単純な自分はひねくれていないと思っているが、天の邪鬼の性質の一つとして、大勢が盛り上がっていると輪に参加せずに遠退き、多くの人が好きだと言う事柄にあえて無関心を持とうとするから、本当は素直ではない。特に広島に来てからというものの、野球好きではあったが、不思議なことにピタと野球への好奇が消えてしまい、今ではカープはおろか、野球を含めたスポーツ全般に意識が向かなくなっている。


そんな自分にとって広島カープを扱ったこの映画は暑苦しいところがあり、広島県民文化センターでの神楽でも必ずカーブの試合経過が言及され、文化活動で著名な外国人が広島を訪れてトークが行われれば、ついカープについて尋ねるというお節介な母親のようなゲストへの質問がされるのを観て、県民性を強く感じていた。


この映画にはそんなカープ愛の歴史が描かれており、YMCAの地下でもカープの劇を観たことはあったが、この作品にも樽募金を含めた裏話も描かれていた。前半からドキュメンタリータッチの解説で成り行きが段階的に組み込まれていて、作品の作りとしては県外の人に伝わる効果が大きくあり、カープ好きなら好みを一新されるだろう。もちろんカープファンでなければ、「またカープか」と思わされる展開が続いていく。


泥臭い演出や細かい衣装やセットへの欲望は古い日本映画の価値観から望まれるが、元号の変わる前に撮られた最近の作品らしく、それらを求めれば時代錯誤になるだろう。地方色が強く表れていて、演技にも表層としての皮膚の変化やわざとらしさがあり、人間の本質に迫る深刻な作風よりも軽い触りのテレビドラマに近い風合いがあって、カープ同様誰もが慣れ親しめる気安さとなっている。ただし後半に入るとカープの紹介よりも人間ドラマへと比重は移り、鯉と恋の話をかけた物語に注目されて、ワンカットごとの説得力や、原爆投下後の写真パネルを前にした人物登場の構図の厚みも表れて、ドキュメンタリーだけでない映画の意味合いが強くもたらされる。


そして最後はちょっと切なく、登場から今の時代らしいキュートな顔立ちや笑顔で眼福を振る舞ってくれた女性の遠い手の振りに、恋はそんなに甘いものじゃないと親近感が湧いてしまう。


待ちに待ったディレクターズ・トークは、司会進行の玉田陽子さんの天真爛漫な性格に運ばれて、とても和やかで明るい雰囲気となっていた。男前の時川監督は海外留学の経験や、自分も若い時の夜にスカパーでお世話になったディスカバリーチャンネルで働いていた職歴もあり、弁舌に淀みはない。時に、言葉を発するまでに長い思考回路の果てに口に出てくる感性の人はいるが、ドキュメンタリー畑という固定観念のせいか、理路整然としながら茶目っ気もある口振りがとても好ましく、酸いも甘いも知ったダンディな男性として格好良く目に映った。


ドキュメンタリーの経験としてクリアな映像美についての話があり、自分の感想としては作品を通して統一された色調よりも、場面場面に合わせた持ち駒としての色合わせを感じていた。手持ちカメラの効果的な使用や、細かいカットの編集など映画作りの力量と見極めは表れていたので、あとは演技に対しての要望や、どこまで虚構としてのリアリズムに価値観を持っているかなど、話を聞きながら自分の中で疑問として浮かぶところだった。


この映画の企画そのものを考慮しての作品であろうから、前半のドキュメンタリータッチが、はたして監督の手の内か、それとも他からの要望を意識しての表現かわからないが、カープ25年振りの優勝シーンが借り物ではなく、監督自らの手で撮ったというくだりは、非常に意味のある事だと思った。南一誠さんの胴上げシーンや、靴屋の斜向いから見下ろして撮影したシーンなど、ドキュメンタリーと虚構の映像の組み合わせとして疾走する映像の鮮烈さと躍動感があり、デモと同様の熱量が一点へ奔流する類まれな、ポジティブで健全な友愛のクライマックスをうまく表現していると、後づけの話で二度おいしく味わうような挿話だった。


神奈川生まれ、西東京育ちの自分としては、この映画は決して懐郷させる内容となっておらず、むしろ異邦人として広島に生活していることを納得させる内容となっていた。しかしトークでも語られていたとおり、広島を美しい街として喜んで住み、地元よりも文化的な愛着を持って接しているから、今は広島に住んで活動する時川監督に着目しようと思った。今は尾道で上映中らしいが、今後広島でも再上映されるという「彼女は夢の中で踊る」を忘れずに念頭に置き、機会が来たら必ず観ようと、地元でない他人行儀が一段と募る時間となった。

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