2月10日(水) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第408回定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第408回定期演奏会」を聴く。


指揮:下野竜也

チェロ:マーティン・スタンツェライト

ピアノ:野田清隆

コンサートマスター:佐久間聡一


芥川也寸志:弦楽のためのトリプティーク

フリードリヒ・グルダ:チェロとグラス・オーケストラのための協奏曲

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトリューシカ」(1947年版)

アンコール

アーロン・ミンスキー:LIKE CRAZY

ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ


2年前にアカデミイ書店で手に入れた300円の本は音楽之友社から出版されていて、古い漢字の使用による筆らしいフォントの文体には“シェーンベルヒ”や“バルトック”について評論されている。今も読み続けているその本は丁度ストラヴィンスキーに焦点があたり、和音と旋律の観点から一時代における必然的な際物らしく、現代アートのように多くの人に納得される芸術の行き詰まりが述べられていて、冷笑と断定によって一点の曇りもなくこき下ろされている。ちなみにその本ではリヒャルト・シュトラウスやドビュッシーだけでなく、ことにラヴェルも芸術性について痛烈に弁じられている。


そのイギリスの著者はエルガーだけでなく、特にディーリアスを褒め称えているから一概には信用できないが、古めかしく見慣れない語彙の含まれた批判の具合が面白く、仮にその人物が今日の広響の演奏会を聴いたら、はたしてどんな評論を書くだろうかと、ついにやりとする内容だった。


最近“アレクサ”につい呼びかけてしまった筋肉少女帯がお気に入りの自分は、羽目を外す、とまではいかないにしても、今日のような遊び心のある演奏会も大切だと思う。


古い日本映画を連想させる芥川也寸志さんの曲は、耳馴染みがよく、弦楽器のアンサンブルが軽快で太く、厚く、時に非常に甘く、民族的な情操を揺さぶられながら、前世紀の発展的な要素を含んでヴァナキュラーなんて言葉も尊重されていたのだろうと、音楽の持つ躍動的なリズムが心地よかった。


モーツァルトのピアノ曲とキッパのような帽子が印象的なグルダの曲は、舞台の準備からして驚かされた。最前列の真ん中に座っていた自分は、下からリフトで登場する舞台を見て、まるでモーセの海割りのような気分を味わった。マイクなど細かい準備が整うと、バンダナと色眼鏡で仮装された楽団員のちょっと悪そうな雰囲気に予想外ながらほくそ笑んでしまった。そんな登場通りクラシック音楽というイメージを壊す、その時々の音楽が幅広く吸収された曲は、愉快で楽しく、人間らしい甘さや色を持ったロマンが高々しく歌われ、古い映画の持つ人生の味わいを感じる内容となっていた。


後半のストラヴィンスキーは、有名な他のバレエ音楽に比べてすぐに耳に残る旋律こそ印象的だが、あらためて生の音楽に接するとリズムこそ基底にあると知らされる。ブルックナーの演奏も素晴らしいが、ヴェーベルンやシェーンベルクだけでなく、細川俊夫さんの音楽も厳格なリズムを保って破綻せずに各声部を構築する下野さんだから、意外な感じもするが、むしろブラスバンドでの腕前が本領を発揮するように管楽器の微細な音を鮮明に際立て、弦が歌うところは伸びやかにロシア的な叙情を曇らせることなく響かせていた。音痴な自分はリズムの区分を見分けられないが、指揮を見ていても決してたやすい曲でないことがなんとなく知れた。


ソロもオーケストラもアンコールはぱっと手を広げるような親しみやすさがあり、つい日本人らしく臆してしまうが、きっと中南米の楽団と観客ならば、体を踊らせてより楽しんだ演奏会になったのだろう。イギリス贔屓の著者の論理は穿ったところもあるが、時には情景的で感傷的な、誰もが喜べる音楽も必要なのだろう。音楽学者としての弁論よりも、こんな時代に適した音楽こそが結局生き残っているのだから、人の意見なんてあてになるようであてにならないのだろうと、二ヶ月振りの演奏会に笑みばかり浮かんだ。

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