1月9日(土) 広島市中区東白島町にあるトラットリアピッツェリア「polipo」で飲んで食べる。

広島市中区東白島町にあるトラットリアピッツェリア「polipo」で飲んで食べる。


「polipo」さんへ前回来たのは確か2年前だろうか、その時はほとんど待つことなく偶然ランチに入ることができて、マルゲリータとババを食べながら陽の光が綺麗に射し込んでいたような気がする。


今日は夜の「polipo」さんにやって来た。今の時期はどの店も客足が鈍く、個人店は休業する方策を選べるが、働く人が少なくない店はそうもいかない。だからといって恩着せがましく料理を食べるのではなく、純粋な食の興味と欲求によって足を運び、舌も心も満たしてもらう。


聞いていた前菜盛り合わせのすごいこと。透明の平皿がテーブルのタイルを透かせていて、青い海上で器に溢れる料理は跳ね回らんばかりだ。ジャガイモを腹に詰めたサヨリのフライのホクホク感、バジルソースとオイルを背負った日本料理と異なるサワラの優れた仕上がり、味わったことのない風味のキャベツのなめらかなピューレ、染みたイワシの舌にじっくり広がる極度の旨味、言うまでもないイカとタコの共演、などなど、営業時間を気にしていつもより急ぎながら食べるが、どの味もぼやけない細かな存在感があり、白ワインと一緒に饒舌になってしまう。


太刀魚のピザが運ばれて口にすると、まず生地の美味しさに感動する。やはりピザは生地が命で、前菜と一緒に酔いも頭も回った舌足らずの状態でも噛めば噛むほど美味しい塩と小麦が口にのぼってくる。そして赤い風味を持った表面は、じわっととろけて溢れんばかりだ。


福山で作られたという「polipo」さん自家製ワインは、食用のぶどうが持つ甘みをうまく内に抑えていて、皮も一緒に醸したという説明通り丸く綺麗に整えられている。そのワインに合わせて大きな鯛の窯焼きが登場して、塩と素材でやってきた愛くるしい魚に時間もないのに長々と食事を楽しませてもらう。


腹もすでに満腹で悲鳴をあげていたが、デザート三種類は運ばれてくる。もはや食べることはできないと思うものの、目の前にすればつい手と口が出てしまい、ティラミスの粉に気管は危うく塞がれるところとなる。そして以前も食べたババは、やはり色っぽい味をしている。


「polipo」さんの量と質は桁が違い、全部食べるには腹の準備も必要で、我慢できずに立ち呑みをしている場合ではなかった。そんな店を築きあげた店長さんの話も磨かれた貴重な物語があって、店と客に対する考え方は個人店にとどまらない懐の広く、厳しいからこそ優しい度量があり、つらい状況ではあるがくよくよぐちぐちしない打開を考えての実行力が表れていた。


美味しいジェラートを喜んで食べる人もいた。「polipo」さんはどれほどの人を食で満足させて喜びを与えてきたのだろう。店の在り方についての考えを多く聞いたわけではないが、すこしの話から信念と芯の強さはひしひしと伝わってきた。


良い店は人生に優れた影響を及ぼす。たいした責任を負わない客だからこその軽さではあるが、良い物を作る、人と向き合う、という生きる基本の極意をもらったなどといえば仰山になるにしても、姿勢を間違いなく整えてもらえる素晴らしい店には違いない。

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