1月9日(土) 広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「三島由紀夫の『百万円煎餅』」を読む。
広島市中区十日市町にある自宅で新潮名作選百年の文学から「三島由紀夫の『百万円煎餅』」を読む。
毎日覚えている言葉はこぼれていくので、日々の読書は欠かせない。映画でも作品の構成や人物造形を学ぶことはできても、文章で表現するとなるとやはり小説こそ基本となる言葉を多く含んでいる。
今年はもう少し読書の量を増やそうと思うものの、はたしてどうなるか。とにかく思い立ったが吉日ということで、新潮名作選百年の文学の続きを読んだ。
教養人なら誰しも知っている三島由紀夫の、この小説は、写実的な物語の運びとなっている。冒頭から説明されるランニング・シャツとノー・スリーヴで高度経済成長期に向かう戦後の新しい文化の特徴が表れており、ファッションの尖鋭化するカラー映画による痩せた男の性の境界に近づく軟弱性を想起させるが、すぐに脇毛に対しての描写も出されると、これは疑いなく三島由紀夫の視点だとうなずいてしまう。
地の文と会話文のバランスのよい文体は奇をてらうところなく、むしろ古風な読みやすさがあり、内容を壊すことなく忠実に伝えている。比喩もそれほど多くなく、あっても意味を解せる言葉選びとなっており、“容喙”という辞書で確認を必要とする単語も出てくるが、晦渋なところなく小説そのものをままに飲み込むことができる。
間違いのない家族計画と幸せを望む若い男女のすこし緩んだ一日を描くこの小説は、安定を望む人間を百万円煎餅という安っぽい商品でもって皮肉るようにもとれる。玩具に夢中になる男や、煎餅をかじって一時気持ちが大きくなる様子はいたいけないが、若い汗臭さと青さがすこしきつくもあり、思わず鼻で笑ってしまうような慎ましさがある。そんな他愛もない物語でも、暗闇で接吻する場面での女の心境の描写に良いうまみがあり、ただ描くだけでない斜めの視点を持つ小説家の本領をちらっと見せている。
約10ページのこの小説も終わりに近づくと、突然深い谷底に落とされたように物語がわからなくなる。その挿話だけで健康的な男女に急に深い闇が立ちこめて、ネオンと明滅という前半に提示されていた言葉がぴたりと人間性にあてはまるようだ。
隙はないが三島由紀夫特有の臭さのこもる、健全だけでいられない肉感のみえる作品だった。
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