11月29日(日) 広島市中区流川町にある日本料理店「時喰 一具」で飲んで食べる。

広島市中区流川町にある日本料理店「時喰 一具」で飲んで食べる。


待ちに待った地ぐ酒ぐ今宵の店は噂に聞いていた「時喰 一具」さんで、笑いの絶えない三人定食会を評判に違わぬ味とサービスでうまく仕上げてくれた。


夜風の寒さに眼鏡は曇り、入店すればまるで幻のような暖かさだ。カウンターに座ると絵付けの長皿が偉容を構えており、ふるまい酒の辨天娘の熱燗で乾杯する。


それから出される食の品々と速度は驚くべき質の物で、ぷりっとした食感を残したままの煮牡蠣の味付けは澄んだ出汁がきいていて、常套句としてほっぺたが転げそうになった。


天然平目には煎り酒を、紋甲イカと天然鰤には塩漬けの海苔を、その味わいの繊細さと深さはミリ単位を数段細かくした腕がかかっており、切り子細工のような氷の清涼感が透ける器の上で完全にできあがっている。濃さや切れ味ではなく、洗練と品格の鮮度で物を言っている。


甘鯛は最近美味しさを覚えた味で、白い身のほぐれかたは非常に細やかだ。焼舞茸は季節の持つ風味の強さがぎゅっとしており、春菊の一枚が羽織のようにさわやかに苦みをなびかせる。そして出汁がふんどしほどに足腰を柔らかく固めている。


分厚い長皿は呉須が筆に飛び、赤と白に金の色絵の発色は厚く、豪放に流れる。そこ八寸の十品目が並び、一ヶ月早いおせちを味わうようだ。種類と味の幅と深さは見た目に当然負けず、皿に吠え、皿に吠えるばかり。


途中に入ったのが地ぐ酒ぐ特典の鯛と蕪で、通常のお通しは六寸となっているらしく、これが代わりとなる。おそらく、何に変わろうと流れに沿って意味を持ち備えているので、代わりはもはや高いところで代わりとなり、下から味わう者は両手をこするほどになる。ようするに、めでたいのだ


車海老の茶碗蒸しを食べる頃には、いつもより早く酒は進んでしまい、おさえることなく手も口も踊っている。ここでは海苔がとろみにまざり、鮮明な卵に臭みなく海老の旨味が光っている。


甘鯛と同じように今年旨さを知ったのが鰆で、粕漬け焼きの熟成の色っぽさと燗酒の相性は、酣になった舌の奥に届いてくる。


締めとなる天然鯛潮出汁にゅうめんのさっぱりした味ときたら、まさに粋だ。しっかり酔い覚ましさせる優しい味わいながら酒の余韻を壊さない風味の太さで、つるっと口に入って歯に切れる麺に、柔よく剛を制すという言葉が意味を問わずに浮かぶ。


そして柿に終わる。


ついつい酒の進む三人定食会は自然なままで、誰も飾らず踏み外さないように努めるばかり。それは美味しい食が生気あふれる会話を生み出すようで、誰かの付き合いで力を奪われるような会食と異なり、互いに明日からのエネルギーを注ぎ合うようだ。とはいえ、一方的に吸い取るような食事に参加した覚えはここ数年なく、映画で愚痴るサラリーマンを観たのだろう。


すべてにおいて風格を持った「時喰 一具」さんは、職人としての磨かれた腕前と誠実さで今夜を多いに楽しませてくれて、とことん素晴らしいに尽きる店だった。

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