11月13日(金) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第405回プレミアム定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第405回プレミアム定期演奏会」を聴く。


指揮:下野竜也

ピアノ:小山実稚恵

コンサートマスター:佐久間聡一

管弦楽:広島交響楽団


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」

ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」

アンコール

ベートーヴェン:バガテル 「エリーゼのために」


こんな日は仕事を休み、昼に映像文化ライブラリーでボンダルチュク監督の「ワーテルロー」を観て、夜にベートーヴェンの「皇帝」を聴くが良いだろう。しかし仕事の後に同時は得られないので、下野さんのブルックナーを聴きに来た。


シューベルトやベートーヴェンだけでなく、ヴェーベルンや細川俊夫さんなどを巧みにタクトを振る下野さんだが、個人的にはブルックナーとの相性が良いという印象を持っている。広響の音楽総監督一年目にブルックナーを振り、それがとても良かったのを覚えているからだろう。


ピアノ協奏曲を最前列で聴き続けたベートーヴェンシリーズのようで、今回は前から二列目の中央という席に座り、演奏家の音色を間近に比較することになった。小山さんは力強くも柔らかく、音は決して弱さをみせず、純粋や素朴なようでありながら明晰な音楽への愛に溢れていて、「皇帝」というスケールの大きい曲を自在に表現していた。表面にも内奥にも感じるのが音楽の喜びであって、オーケストラの音を体に感受しては振動して、それを挑むよりも大胆かつ繊細という、決して怯むことのない自由な運指で運ぶ。しめやかなところは陶酔して歌うようでありながら、走るときは一気に跳ねあがり、軽やかなパッセージは衰微なく水のように流れる。そしてベートーヴェンの持つ雄々しい性質がかっかっかっと顔を上げて闊歩し、毅然とした風采が自信を持って世界の中で屹立していた。ベートーヴェンのピアノ協奏曲をユーチューブから始まって観てきたが、女帝とはまた異なる大らかさを持ちながら、格別の推進力と存在感でベートーヴェンを描いていた。


アンコールは「エリーゼのために」で、いつ知ったか知らない有名なこの曲は、紛れもないベートーヴェンの曲だと気づいた。


下野さんのブルックナーはやはり得意と思わせるような内容となっており、前列の席では音量が大きすぎるのでもう少し後ろが良いと考えていたことも忘れて、巨大な音の呼吸を体感した。いったい何を根拠に下野さんは細やかな人というレッテルを貼ったのだろう。たとえそうであっても、大きい作品になると扱えないとでも思ったのだろうか。そんなことはまずなく、作品の大小を問わず細部を繊細に磨きあげる音の作りは変わらず、巨大な音の進行はスムーズに、そしてきっちりと成されていた。広島ウィンドオーケストラの指揮で、金管楽器の轟く小さくない作品を耳にしていたから、本領はむしろブルックナーなどの大作にあるのだと予測してもいいものだろう。要するに、プロの指揮者の技量を自分は完全にはかり間違えているのだ。


第一楽章からムラなく神経が張りつめており、ブルックナーらしい巨大な音の展開を耳にしていると、図々しいなんて言葉が浮かんでしまう。もちろん偉大な曲と作曲家に対してそのような形容をすることは甚だ馬鹿げていて、そんな感想を持つ自分そのものが図々しいのだが、大胆と取り違えてしまう構成はつい単純に考えてしまい、創意工夫が足りない、むしろずるいと思えるほどまっすぐに大きな足で歩いてくる。甘美なメロディーは足りず、音量をまっすぐ大きくして音色を足していく印象は、昔は苦手だった。しかし生でこうして聴くと、強烈に盛り上がっては落ち着くループのような進行に、規則的だからこそ堅牢で純粋な音楽を感じるばかりでなく、分散的な木管楽器の音色にも語りかけるような違いを見つけるのだが、どうもブルックナーの音楽の経験が自分には足りていないようだ。


第二楽章がことにすばらしく、チェロの響きも美しかったが、ヴィオラ群の音は今までに聴いてきた中でも特別な響きをもっており、ブルックナーらしい展開でそれらが繰り返されると、しつこいと思いがちな構成の持ち味など考えることなく、ロマンティックなんて名前が付くのもわかる気がしてしまう。第三楽章のブルックナーを音圧で体感すると、第四楽章は拳を握った巨人そのものがやってきて、マーラーの交響曲第一番にそんな名は付いているが、緑と小鳥の優しい天空の島にいそうなそれであって、こちらの印象は大地を踏みしめる巨大な質量そのものとなっている。さすがに第四楽章は聴いている自分も夜の入り口に息切れしてしまったが、やはり演奏時間の長さと規模は桁が違う。マーラーのようなうねりの展開に比べれば愚直なまでの道筋だが、その持つパワーは他の作曲家にはないものがある。


一席空けずの今日の演奏会は、集まった多くの人の力に負けない演奏会となっており、背後から落ちてくる大量の拍手の数は、最近なかった力強いものとして広響を後押ししていくだろうと感じるほどのもので、大阪でも同様に、もしくはそれ以上の拍手が降り注がれるだろうと予期させる出来となっていた。

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