11月3日(火) 広島市中区中町にある和食店「元念 瀬川」で飲んで食べる。
広島市中区中町にある和食店「元念 瀬川」で飲んで食べる。
日本酒でお世話になっている方との食事会で「元念 瀬川」さんを訪れた。
噂を聞いて店へ足を伸ばすことの多い最近の中で、「元念 瀬川」さんは美味しいという情報以外は人物像を知らなかった。気さくで親しみやすい大将と綺麗でたおやかな女将さんの他に可愛らしいアルバイトちゃんが働く店内は、カウンターに引き出しがあり、ハイネックの板前服にも凝ったデザインがあり、洗練されたサービスは飛行機の中で受ける上質があった。
カウンターにL字で並んだ自分達にまず出されたのがたくさんのお酒で、一升瓶の冷酒との対峙はその陣容に心が騒ぐ。端に座る自分だから、柔道の取り組みのような対決となれば「かわいい」という嬌声のあがったパンダの瓶か。
珍しく生ビールで乾杯して、焼き胡麻豆腐を口につける。旨味たっぷりの濃い色の出汁は生姜が香り、生まれたてらしい銀杏の風味はいまさら晩秋を告げるよう。柔らかくも重たさのある胡麻豆腐にふるふるして、今日もとろとろどんけつでつまんでいく。
緑のもみじの散る皿には春菊の辛子味噌和え、倉橋島の生落花生の塩茹で、レンコンに四方竹、そして看板料理の鯖の押し寿司があり、最近覚えた旬の殻つき豆の噛みごたえのある茹で加減や、抑えのきいた辛子味噌へ手を出す前に、海苔を巻いて鯖寿司を口にすると、頬が落ちそうになる。
ビールを飲み干し、鯉川の鉄人うすにごりにすると、心が丸まったようなホタテのすり身がふたを開けて待っている。マグロが使われたという出汁はカツオよりすっきりした味になるらしいが、濁った舌は言葉を鵜呑みする。松茸が香り、ふんわりしたしんじょを口にすると、椀の美味しい季節を実感する。
血肉になりそうな戻り鰹のタタキと、鯛の皮のような色をみせるヒラメの刺身が続いて運ばれ、紫蘇の花と一緒に丸みがふくよかなうすくち醤油で食べて、塩でも食べて、噛みしめる。その間に他の方が注文した冷酒をいくつか味見させてもらい、どれもきりっとすっきりした味わいを持ち、シャープな印象は店内の視覚要素と波長している。
続いてぽわっとコントラバスのピチカートのように広がるカブは鯛と浸かり、ほのかに香る柑橘に臭みなく澄んで旨味がよく残る出汁は、竹鶴の熱燗ととても似合う。
いつも思うのはコース料理の時間の流れで、里芋よりさらに甘みの広がるエビイモを食べる頃にはすでに2時間が経過しており、邯鄲の枕で一生の夢を一睡にみるように、これほど時間を忘れて楽しめる行為は他になかなかない。
帰宅に向かって覚め始めるのは味噌汁とごはんの出番で、新米の立った粒を柔らかく甘い牛肉といただき、厚みの香の物を口にして、味噌汁をすすり、2度おかわりする。
ソースとゼリーの階層の異なるリンゴのデザートとあんこを羽織る焦げ目の柿を食べ終えると、もう帰りとなってしまう。まだ足りないくらいが八分目で、たけなわに店を出るのがちょうどよいにしても、少し話し足りないと思ってしまうのは、テーブルと異なるカウンターという席での距離による機会だからだろう。均一にまかなえることはできなくても、ついもう少しお知り合いになれたらと思うのは、大人数の飲み会のような席替えを望んでしまうからか。
まだまだ夜の半ばで意識も元気も残っている。何を口走っているかもわからずに足をふらふらさせるよりも、さっぱりお別れできるのもまた気持ちよい。それが「元念 瀬川」さんの冷酒のキレのよさと結びつけるほど、汚すことなく済んだ美味しいお食事会だった。
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