9月28日(月) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「広島市民劇場2020年9月例会 前進座公演『東海道四谷怪談』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「広島市民劇場2020年9月例会 前進座公演『東海道四谷怪談』」を観る。


作:鶴屋南北

台本:小野文隆

演出:中橋耕史

美術:熊野隆二

照明:寺田義雄

音楽:杵屋佐之忠

出演:河原崎國太郎、嵐芳三郎、藤川矢之輔、忠村臣弥、山崎辰三郎、藤井偉策、和田優樹、上滝啓太郎、松永瑤、早瀬栄之丞、嵐市太郎、寺田昌樹、松浦海之介、松涛喜八郎、玉浦有之祐、柳生啓介


その名を知ってはいるもののどんな物語か知らないお岩さんが演じられた前進座の「東海道四谷怪談」は、嵐芳三郎さんも出演していたという、昨年広島県民文化センターで公演のあった「ちひろ──私、絵と結婚するの──」を観ていなければ、歴史あるこの劇団の幅を知ることもなかっただろう。新劇の「ちひろ──私、絵と結婚するの──」に比べて「東海道四谷怪談」は歌舞伎そのものだったので、仮に今日初めて前進座を観ることになったら、ネットで調べていた通りこの劇団の演目の広さを目にするのはお預けとなったはずだ。


目の肥えた人ならば歌舞伎という劇の中での細かい所作などに着目するのだろうが、文楽同様になかなか広島市内で観る機会のない伝統芸能は、様式美だけで自分は感嘆した。白塗りの顔に大袈裟なまでの鷹揚な動きは、テレビや映画館でもそれなりに感じることはできるにしても、生の臨場感はこれほど効果があるのかと、ややぼやけて目に入る舞台上の役者に視線は注がれた。


この演劇様式の持つあらゆる要素の魅力を発見するようで、耳に心地よい拍子木や舞台袖から聴こえるお囃しなど、一つ一つに言うに言われぬ舞台効果があり、舞台装置はひねることなく基本としての場面があり、ゆったりしながら時折雷が落ちたように盛りあがる展開など、磨きあげられたみせることを追求した特異な表現の味わいに日本人としての誇りさえ覚えるほどだった。


もちろんその質を保っている前進座がそれだけの発言力を持っているわけで、歌舞伎座などで演じられるテレビに見る役者さんの舞台との違いはわからないが、どの役者も完成された水準にあるように思われた。それはクラシック音楽にも共通する伝統が持つ純化のようで、登場人物のキャラクターの際立ちと演技が無理なく自然と一体になっており、動きにもそれと同様の枠をはみ出さない通り道が見えるようで、だからこそ素人も知っている見栄が大いに効果をあげている。いわば、待ってましたがそのままやってくる豪華な料理の配膳の歓喜が期待を裏切らなかった。


舞台開始の不慣れはすぐに失せて、2時間半を超える舞台は集中にあった。第3幕の新旧夫婦の三つ巴とその果てに、今とまるで異なる武家社会の価値観の興味深さがあり、第2幕の舞いのような人物の所作も構図としての美観はあったが、第1幕の起伏ある物語は特に見応えがあり、音律にのった台詞と動きの中で無理が押し通されて、掛け軸でみるような幽霊の立ち姿が首を伸ばし、照明に存在が消え、大ネズミが出ては青白い人魂も飛び交い、幻惑的な香も薫って凄い有様となる。アトラクションほどに退屈させない演出の数々で引き込みつつ、一貫してあるのは特定の基準を持った様式美の世界だ。


そんなわけで、知らないからこそ適当にならない感想が浮かんでしまう前進座の公演で、歌舞伎をもっと観てみたいと思いつつ、女性が惹かれる理由もよくわかった気になり、演劇鑑賞の欲求を十二分に満足させるものだった。

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