7月21日(火) 広島市中区堺町にある日本料理店「野趣 拓」で飲んで食べる。

広島市中区堺町にある日本料理店「野趣 拓」で飲んで食べる。


2度のテイクアウト経験を持って初めて訪れた「野趣 拓」さんはとても落ち着いた雰囲気で始まり、途中には渡航経験から話も膨らみ、終わりには広島市内の各飲食店さんの個性の違いで楽しく閉じた。


店の名前からして強面の職人気質かと思いきや、先に1人で入店すると物腰の柔らかな店主さんに案内されて、カウンター席で人を待つ間も安心していられた。


冷酒から手をつけて、間に常温も飲み、熱燗で最後に向かい口を潤していく。冷たい物は家でも飲めるが、燗に合う酒を準備していないにしても、店で飲む熱燗はなぜか全身にうまく酔いがまわり、また次の日にもそれほど残らない印象がある。そして口も軽やかになる。


刻まれたオクラが香り立つタコの小鉢から出されると、ついつい顔を向けて覗き、鼻を働かせてしまう。ノカンゾウのつぼみに艶っぽさを感じ、その風味の冷涼感はキュウリやミョウガと同調しており、オクラのぬめりと共に口の中で何度もタコを噛みしめて、旨味を引き出していく。


期待はその通り続き、青い柑橘が香る椀は出汁がおいしく、その中でほどよく身に染みたナスの繊維と味わい深さに、店の名前を結びつけてしまうのは短絡的だろうか。焦げた皮の香りと旨味がこれまた涼しいイサキの刺身は味もさることながら、合わせられるハーブとの相性がとてもよい。タレも含めて相当に美味しいスズキにはピクルスらしい細長いきゅうりが合わせられ、冷たいとうもろこしは今まで味わってきたコーンスープの中でどれよりも甘みが深く、かつクリームになりきらない舌触りも一味違っていた。つい鳥肌が立ってしまいそうな甘鯛の松笠揚げも、そのさくさくした食感は羽毛のように軽く爽やかで、アスパラも薄いからこそほどよい風味となって添えられる。


そして締めとなる鮎の釜めしに最も強い感動を抱いた。これにはディルの細切れが合わせられていて、苔を食べて香りよく育つ鮎の白身と驚くべき調和をみせていた。サーモンやニシンとの組み合わせはわかるが、この川魚ほどディルの優しくすっきりした清涼感を甘受できる物はないと思うほど、植物の緑というつながりで同調を見せていた。紫蘇では押しがやや強くなるところを、ディルはみた目通り繊細に味を散りばめている。この合わせ方の由来には、有名なハーブ農園さんのちょっとした心遣いと海外での生活体験が刺激を起こしていて、やはり人は旅すべきものだとつくづくうなずいてしまった。


ここまで食べて思ったのは、初めて「野趣 拓」さんの味に接したテイクアウトを真に受けたまま印象を当てはめようとしていて、ワイルドな食材の使い方なのかと単純な勘違いをしていた。木の芽やコゴミの味わいがあれほど鮮烈だったのは、春の生命力をうまく活かした腕前があってのことで、あれだけの強さをすべての季節の食材から引き出せるわけではないのだろう。それに事情を知って、やはりあの春のテイクアウトは手間が必要だったらしい。今日食べて感じたのは、料理の基本である良い素材の持ち味を活かしつつ、人参の花やディルを合わせた新しさもありながら、懐の深い優しい人柄をそのまま伝える純な味わいだった。ワイルドなんていう自分の持っている粗野な定義とはずいぶんと離れた、慎みと愛情のある切り口だ。


楽しく会話を続けながらシャーベットを食べ終えて、とても良い気分で店をあとにする。滅多にないほど美味しい食べ物が会話を弾ませているのを実感し、食の持つ幸せな力を体感した。美味しい店は人も旨い。最近色々行って、当然の理を感じて学ぶばかりだ。

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