6月28日(日) 広島市中区八丁堀にあるサロンシネマでポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」を観る。

広島市中区八丁堀にあるサロンシネマでポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」を観る。


2003年 韓国 131分


監督:ポン・ジュノ

脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ

撮影:キム・ヒョング

音楽:岩代太郎

出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイル、キム・レハ、ソン・ジェホ、ピョン・ヒボン、パク・ノシク、チョン・ミソン


上映後、ひどい放心状態となり、窓辺の椅子に座ってぐったりしてしまった。この感慨があまりに貴重で、すぐに外へ出て雑踏に汚されたくなかった。ぼっとしてから外に出ても、目は見えているようで定まらず、劇中の場面場面がフラッシュバックして、苦虫を潰しきった悔しい表情などが引き続いて身内を侵すことがあった。


仮に自分が賞を授与できるなら、昨日観た作品よりも、今日の作品に多くを与えるだろう。それほど賞というのは一般的な基準でしかなく、個人の好みにほとんど関与しないと納得させる内容だった。


“鬼才”なんてこの特集で呼ばれているが、今日の映画でまぎれもなく痛感した。2時間を超える上映のなかで、思い切り顎に力を入れて歯を食いしばることが何度あったか。映画の持つ圧倒的な要素をどれだけ表現しているのか。偉大と呼べるほど隅々にこの表現媒体の可能性の体現が成されていた。


早々とドロップキックによる足の提示があったり、ロングショットでの工場の示唆があったりと、映画に限らず音楽も同様だろうが、主題の提示による物語への膨らみや布石の扱い方などが非常に効いていた。複線が数本ではなく多重に感じられ、その描き方と挿入のタイミングがこのうえなく、昨日観た「パラサイト」よりも内奥を貫く作風は堂に入っている。


台詞のうまさにユーモアを混ぜる機知の高さは「パラサイト」にも感じられていたが、今日の作品には張り手一つなどの荒々しい演出に個性があるのかと思いきや、それはこの時代の韓国の暗部を扱う主題の一つだと気づき、作家の個性などと早とちりすることはなかった。


この作品の素晴らしいのは、扱うテーマの複雑さを見事な線としてそれぞれ一貫として編みながら、それが安直で簡潔でなく、芸術といってもなんら過言でない見事な調律を持った構成で描かれるだけでなく、演じる役者の質に加えて、各登場人物の性格の推移などが物凄く滲み出ているのだ。そこにユーモアを挟みつつ、エンターテイメントらしい音楽の大きさに合わせてのダッシュなども加えて気分を変えるも、変わらないのは裏切られ続けることで、その回数と内容の重さに、観衆も表情を変えずにはいられないほど深刻になっていく。用水路を覗く冒頭とトンネルに消えるラストのシークエンスは、一面的な人情物語をいくら混ぜ重ねても現出できない人間本性の深奥が見事に描写されていて、その薄ら寒さからくる衝動というのは、自か他への抹殺を易々と感じさせるほど問題を終わらせたいのではなく、逃げて、消えてしまいたくなる直情の解決へと向かわせる。この直感ともいうべき本能の激情と行動の描き方は「パラサイト」にも見られたが、他に類を思い起こさせない驚異的な表現として、天才という言葉以外にふさわしい形容が見当たらないほどだ。


しかし何という映画作品だろうか。カメラワークの妙はところどころに当然としてあり、編集は、テーマは、色合いは、などとまた繰り返し同じ感想を書いても書ききれないほど、各要素の高さと連関の美しさは尋常ではない。


どうやらポン・ジュノ監督の作品は全部で5作品上映されるらしいから、来月もどれほど楽しめるだろうか。震撼してやまない巨大な映画作家の一面をこれほど感じられて、心底うれしい限りだ。

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