4月3日(金) 広島市中区本川町にあるラーメン店「麺屋廣島弐番」で塩ラーメンを食べる。

広島市中区本川町にあるラーメン店「麺屋廣島弐番」で塩ラーメンを食べる。


昨日和菓子を食べたから今日は帰りに団子を買って帰ろうと「お餅処 ゆい庵」に久しぶりに寄ろうと思ったら17時半閉店だった。


どうも覇気がなく退勤後に何をして帰ろうかと考えるも決まらず、焼肉ラーメン屋を覗いてみると開いていないので、このまま帰ろうかと思ったらラーメンを食べることに決まった。


ここの店もたしか二郎系があったはず、それを食べようと思ったらそれらしいものはなく、いったいどこと勘違いしたのだろうか。油そばや熟成のチャーシューのラーメンもあったが、頭がまわらないので、迷ったあげくに塩ラーメンを頼んだ。


カウンターの端に座ると朝日新聞が置いてあり、つい手にとった。新聞を読んだのは2年振りくらいだろうか。これは間違っていて、実際は何度か読んだことはあったのだが、中国新聞の購読を止めたのが一昨年だったか。ネットから知るのと異なった今のニュースは、なぜか信憑性を感じた。より確かで間違いのない情報のように受け取ったのは、新聞という媒体の根拠なき信頼だろうか、それとも一定の品格を持った文体がそうさせるのだろうか。なににしろ、天声人語と、サン・テグジュペリの「人間の土地」から抜粋された言葉が目についた。


塩ラーメンは透明感があるものの、濾し澄ますというよりも、塩ラーメンという言葉の持つ特有の塩の味があった。塩という味は旨味も含んでいるが、鶏のダシだろうか、何から抽出されたかわからないが塩の個性が一定の味を持って塩ラーメンを定義するようで、ラーメンのスープは常に塩味に重きがあると、食べてきた澄んだスープのいくつかが頭に浮いた。二郎系や豚骨醤油、鰹節のぎとぎとしたスープでは泥のようで見分けつかないが、磨かれたスープには必ず良い味の塩が凛乎とした塩梅を持っている。


細麺がつるっと口を通過し、歯ごたえの良い細いネギがシャキッと薬味として効果を持ち、鶏チャーシューはぷるぷるした重みを持ち、鶏肉の潜在が昇華されて桜色の旨味が水気を含んでいる。半玉も半熟の黄身が濃く甘く、白身は濁りない食感と無垢の味があり、どの素材もこだわりを感じられた。


今日はいくつかミスをしたせいか、退勤前から空元気になった。大きな問題となったわけでもないが、転び方がつまらないほど痛みに対しての不満は大きくなるのだ。


食べながらも、何だか元気が出ないなぁ、と思っていた。腹が栄養を補給しても力が湧いてこないから、弱っているのかなぁ、と思いながら自宅の玄関に近づき、やっと気がついた。今日は忙しかったから、単に疲れているだけなのだ。


さて、週末はやってきたから、自分の好きなことして楽しもうと思った。

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