9月23日(月) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでテンギズ・アブラゼ監督の「懺悔」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでテンギズ・アブラゼ監督の「懺悔」を観る。


1984年 153分 カラー Blu-ray ジョージア語 日本語字幕


監督:テンギズ・アブラゼ

脚本:ナナ・ジャネリゼ、テンギズ・アブラゼ、レヴァズ・クヴェセラワ

撮影:ミハイル・アグラノヴィチ、ソロモン・シェンゲリア、ギア・ゲルサミア、グラム・サザグリシュヴィリ

出演」アフタンディル・マハラゼ、イア・ニニゼ、メラブ・ニニゼ、セイナブ・ボツヴァゼ、ケテヴァン・アブラゼ


我が家には妻の頼りになる勘で手に入れてきた「ショスタコーヴィチの証言」という本がある。個人的には、これは「失われた時を求めて」に匹敵するほどの喜びを自分に与えてくれて、グラズノフを限りない愛情と感謝を込めて赤児や河馬と形容する辛辣極まりない皮肉屋のショスタコーヴィチの生身を感じることができる。この本の中には、豊かな呪いの修辞法でもってスターリンを様々に形容しており、この偉大な作曲家の精神と性格を歪ませずにはいられなかった恐怖の時代があったことを、消えていった優れた演出家や詩人の実例でもって語られている。


それを土台に、アフタートークでのはらだたけひでさんの説明を踏まえると、この映画は疑いなくスターリン時代を描いているのだろうと知れる。ただ何百万人という人間を粛清したといわれる悪鬼そのものが、この作品ではより内面にあったであろうイノセントな存在として描かれている。神出鬼没で油断ならないユーモアな人物でありながら、人民の敵となる人物を次々と消していき、公益を求めて個人を後回しにしたとその息子は同情しているが、実際のスターリンをまったく関係のない自分が想像するにはあまりに知識も経験も実感も足りなさすぎるにしても、ナイーブに思える。


イタリアオペラであろうアリアの朗唱に、シェークスピアの暗唱、そこに光と、権力者が持たなければならない影が同居しているのが表れており、部下が勝手に市井の人々を逮捕してきて、それに対して怒って釈放を命じるが、少し間を置いてから考えを変えて、好きにして良いと許可を与えたあとのひどく疲れた目のこすりは、二面性が全面に説明されている。


「祈り」3部作の3作目とあり、購入した冊子を読んで内容を確かめる前に、間違っても構わない自分なりの解釈をつけるなら、個人の葛藤こそが主題と思える。それぞれの時代の中で翻弄される個人は、宗教の異なる村の戦士と陋習に凝り固まった村人達や、呑気な村でのやはり弊習の中に留まり続ける者と変革を求める者、そして権力者の家族と犠牲になった家族の向き合いなど、流れていく時代の中での個人に、必ず宗教が結びついている。


3部作のなかで最も説明的な内容となっており、物語の意味もつかみやすいが、各ショットの迫力とその連結の冷たい滑らかさはより先鋭されている。コーカサスの大自然を風景とせずに、バトゥミ近辺であるらしい黒海が覗けるショットがあるも、詩情や諧謔に頼らないより細かな人間性にスポットを当てているので、権力者のミニマリズムな眼鏡のレンズの反射に、その息子の妻がかける大きいレンズの光の反射などが目立ち、各登場人物の表情は曇りがちに、深刻に、一つ一つが重々しく見逃せない。


イタリアの映画、ロシアの小説を思い出させる信仰心が強く響いてきて、問題の大きさを許せず解決できない道徳心が暴発したあとに語られるセリフに、おまえの罪ではないのに、われわれの罪をかぶって、のような言葉があり、久しぶりに覚えるある種の感動が全身を貫いた。


選ぶ題材、描かれる人々、この3部作で決めつけることはできないが、テンギズ・アブラゼ監督は慈愛と博愛を両手に持った大きな人間の心の持ち主で、それがグルジア正教によるのか、生まれつき備わったものなのか知らないが、おそらく自身の生死に大きく影響を与えた由々しき人物をこのような形で描き出すのだから、個人を持ちながら、個人を超越する達観した目を持っていたのだろう。


宗教と芸術、それらは人間という存在の根本を直視させる。娯楽などで一時的に誤魔化すことのない、真面目な道徳によって生きることを見直させる。日々に愚痴を言ったり、陰口を言いあったり、心の中で汚らわしさが渦巻いたりして、他人だけでなく、自分にもそれを感じれば酷く嫌な気分になる。宗教心でどこまで許し、どこまで近づけばいいのだろうか。日々に考えて、どのように接するか試みることはなくなり、すでに自分の距離感を定めていたような気がした。


この映画はそんな間合いを、再び自分に問い正す作品だった。

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