9月7日(土) 広島市中区幟町にあるフランス料理屋「ル・トリスケル」で本日のランチを食べる。
広島市中区幟町にあるフランス料理屋「ル・トリスケル」で本日のランチを食べる。
日本語ラップが好きだった頃に、水戸の「ランチ・タイム・スピークス」というグループを知った。年月が覚え違いを起こさせてしまい、つい最近まで「ランチ・タイム・フリークス」と記憶していた。妻は朝ごはんに関心を持ち、自分は夜、飲みに出歩くことはなく、一人ランチを食べることが好きだから、「ランチ・タイム・フリークス」とは自分のような者を言うのだろうかと符号させようとした。まったくの間違いだった。
幟町周辺には訪れてみたい店があるも、週末はたいてい満席だから、入りたくても入れないことばかりだ。今日も2軒に入れずに、汗をかきながら「ル・トリスケル」の扉を開けると、少し場違いな雰囲気が漂う。予約が必要だったらしい。床屋か、歯医者だろうか。こんな考えで、身なりもだらしない、追っ払われて当然の風体なのに、忙しいはずのシェフは「お時間をいただいてもよろしいですか」と言うので、耳が馬鹿になっていた自分は「ご時間」と聞こえてしまい、「何時間くらい待てばいいですか」などと、酔っ払ってもいないのに素っ頓狂な返事をしてしまい、「いえ、予約のお客様がいますので、15分から20分くらい……」と真摯に対応してもらい、「それなら待ちます」と返事すると、テーブルに案内してもらえる。自分でも知っているが、間抜けは死んでも治らないのではなく、死んでそれまでなのだ。
「なんだか悪いことをしてしまったようで……」と、くどくどしく給仕の女性に謝り、「急いでないからのんびり作ってください」などとさらに馬鹿を上塗りする事を口走ってからランチを頼むと、15分どころか、5分も経たずに運ばれてくる。
それからは、もう、ナマケモノのように、スローモーションで食べ物を口に運んでいく。美味しい料理を賞味するのは、鑑賞と同じで、いつまでも同じ絵の前で突っ立っているような調子だ。へそを曲げたロバのように、いつまでも同じ場所で愚図つくように。近くには、愚痴を挟まず、ランチの時間を楽しく過ごす女性同士の会話がBGMとなり、「ランチ・タイム・スピークス」だろうか。ならば自分は一人「ランチ・タイム・フリークス」だろうか。甚だおかしい間違いだ。自分の声がうるさいくらいだ。
前菜は、世羅の人参のムースは生クリームと合わさってカボチャと錯覚するほどのとろける甘さと舌触りで、中央に占めるとおり圧巻の存在感にあり、ハモのベニエはさくっと余分な味付けのない柔らかい味わいで、温野菜はどれもが強い風味を残し、ドレッシングは極めて品のある酸味に控えめな甘さがあり、粒々した何かの種子は……、わからない。生の胡椒のような香辛があるも、酸味もあり、フェネグリーク……、ではないだろうが、経験のないスパイスとしての味わいはとても刺激的だ。それに、細身のアスパラガスは海辺で栽培されたという説明どおり、塩っ気がみずみずしく、海葡萄を思い出す爽快なアクセントになった。
庄原のとうもろこしを使ったポタージュは、こんな暑い日にとても合う冷たさで、コーンの粒は噛むと梨や林檎のような繊維ある食感として涼しく、ナッツは樹木のような落ち着いた味わいをまず口に広げる。冷たろうが温かだろうが、スープほど体に染みる料理はないと実感する。
それに和牛のほほ肉の赤ワイン煮込みは、店に入れてくれたことの感謝あるのみだ。網目となる蕎麦粉のガレットはかぶりものとしてのり、トレビスやルッコラなどが赤と緑で飾り、深みのあるソースを土台に白いマッシュポテトが頬肉を囲う。近くにはローストされた舞茸、茄子、玉葱、莢豌豆が控えている。葉が一枚落ち、一枚垂れていたが、この貴婦人らしいたたずまいの料理に魅了された。ガレットはパパドのように実の風味を残し、ぱりっとした食感が小気味よい。玉葱は持っている風味を裸でさらされたように熱によって引き出されているが、生ではないから、うまく持ち味を整えられているのだろう。舞茸は言うまでもなく香り、緑色の野菜もそれぞれの風味が生きている。そして、ほほ肉は、柔らかい繊維に、ゼラチン質を少し感じる箇所に、黒さと、脂ではなく、あくまで肉としての血の気のある味が、言いようのない甘さと旨味に、合掌するほどだ。
ライチのジュレに、マンゴーのシャーベト、パイナップルの風味、切られたマスカット、フルーツの組み合わさったデセールを口にして、深くも浅くもないコーヒーを飲み、食事は終わる。頭の声は止まず、女性の話も止まない。
久しぶりに食べたフランス料理は、この時間と味に、なんて良いものだろうと、癖になりそうだ。そして最も良かったのが、サービスで、「食べ歩きが好きなんですね」、「今は一番暑い時間で」などのようなちょっとした言葉に、詳しい料理の説明と、所作が最も良かった。目、表情、頬の動き、テーブルへの注意力、それは若さが持つ鋭さではなく、品のあるベテランのリズムで、偉ぶったところなど当然なく、なんとも心地よく、とにかく安心させてくれるものだった。
会計を終えて店を出る時に、本当に美味しい時間を得られたことが嬉しくて、ごちそうさまでしたと口にして、頬を緩めてしまう。気の違えた様子で入ってしまったことを受け入れてもらい、こうも味わわせてくれた感謝しかない。働いている人との目線に、生きた関係性を実感する。
良いな、本当に良いなと思う。店は、働く人があっての店なんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます