9月5日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで新藤兼人監督の「流離の岸」を観る。
広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで新藤兼人監督の「流離の岸」を観る。
1956年(昭和31年) 日活 101分 白黒 35mm
監督・脚本:新藤兼人
原作:大田洋子
音楽:伊福部昭
撮影:伊藤武夫
出演:北原三枝、乙羽信子、村瀬幸子、三國連太郎
タイトルロールから伊福部昭さんの音楽と共に揺らぐ水面が映し出される。ここでの光を一つとして留めておけない反射こそが、この作品の主題を明瞭に映し出しているように思い返された。
冒頭の女児の時代から女学生に切り替わるまでの画面の色合、構図、編集、音楽、台詞、間のどれもが、優れた諧調となって届いてきた。遠近をおさめた画面のなかで人物は対角となって線に結ばれ、ロングショットは虫眼鏡で見ないと判別つかないほど遠くの人物を映し、パンされたり、固定された中で駕籠が走ったり、整然と切り取られた構図は昔の日本家屋が如何に幾何学的な風景であったか襖に障子と格子窓が区切りをつけていて、光と影のなかで、おしゃまな少女が機知に富んだ敬語で婆さんに返事をしている。悪い子になる、悪い子になると、愚痴と不満しか口にできないような皺だらけの表情の婆さんから繰り返し言われるが、少女はとてもそうなるように思えない。ただ、あまりに感受性が高いから手に負えないだけなのだろう。
10年後になれば、今の母さんの気持ちも分かるだろうという言葉に対して、早くなってしまえばと答えて、そのとおりのシーンとなる。それからは歩く女学生二人をカメラは移動撮影したり、人物に生気ある動きも表れて、町や歩く人にも活気が表れる。とはいえ、画面から快活な明るさは映し出されず、口の立った子供は素直でない女学生となっており、屈折した性格が昔と結びついてしまう。それは今の時代では、面倒臭い人間、なんて言われてしまうかも知れないが、男性には理解し難く捉えがたいこの女心の複雑さは、様々なレトリックの組み合わせのように味わいがあり、頭で考える駆け引きではなく心で動いてしまう率直な色気なのだろう。
長くない上映時間の中で前半に幸せが訪れると、後半には不幸が待ち受けているだろうとつい予期してしまう。それは天気がわかりやすく予感させていて、登場人物の質問と少しの沈黙や、予知能力を持ったような母親の表情も暗示している。これはあくまで小説や映画、芝居の話であって、前半に幸いがやってきて、そのまま幸いのまま幕を閉じる人もいれば、初めから終わりまで不幸の連続で終わる人どころか、幸も不幸もままならないまま消える人もいるのが世の中だと、余計な考え事もしてしまった。
未来をどうしても予期してしまうように性格は形成されたのか、主人公の女性は幸せを怖がり、新しい生活が来ても寂しさを感じて、放心してしまう。それはこの映画が一貫とした短調にあり、唯一明るさの表れる転調が食事前のにぎわいだけであって、暗い海に突き落とされるような不幸をより飾れるように家庭的な幸福を額縁として用意されていた。
今は長い本を1ページずつ読み進めていくような毎日で、昔のとある時期のように小説を渉猟することはなくなった。昨日の井伏鱒二原作の映画と今日の作品を観て、もしかしたら自分は、ただ有名な作家の作品を読んだ証が欲しかっただけで、それは御朱印を集めるだけで寺社を何も味わわないように、作品をほとんど味到していなかったのではないかという疑問が浮かんだ。登場人物の豊かな人間性と物語に、自分はいかに浅はかな人間と感性でいるのかと思われてしまう。
ロマン主義らしい愛の言葉や、憂鬱でほんの少し耽美的に思われるシーンもあったが、描かれる因果的な親子のたどる道が、両親の性質のこね合わせだとつくづく感じられる自分自身の性格と、兄姉の人生を考えて、運命はどうしようもなく回ってしまう不思議な世界だと見上げてしまう。
新藤兼人監督の作品は数本だけ観たことはあるが、これが最も自分は好ましかった。いかにも作り物らしい場面もありはするが、役者は優れ、ラストシーンの母親への思いは辛くても円満な解決として描かれていて、風に髪も服も吹かれ、まるで太田川のように流れが交差する水面は、この作品世界のすべてを留めている。
なんだか、明治大正昭和の小説を読みたくなってしまう映画作品が続いている。
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