9月1日(日) 広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センター大ホールで「音楽集団フェルマータ第11回公演『エメラルドシティ ウィキッド オズの世界』」を観る。

広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センター大ホールで「音楽集団フェルマータ第11回公演『エメラルドシティ ウィキッド オズの世界』」を観る。


指揮・演出・振付・台本:田坂州生

演出助手:河合理菜子

音響:徳光和洋

照明:山本真理子

大道具:森山博正

メイク・ヘアー:大杉麻理子、片山和美

出演:上岡史生子、藤永麻未、佐崎明宏、森本誠、河合理菜子、野上結希菜、多田久美子


広島に引っ越してくる前のことで、JR山手線に乗ると胡散臭く神様に変装した塾の広告と同じほどの印象の強さで、緑色の顔と赤い口紅の補色が目を引く劇団四季の「ウィキッド」があった。どんな物語なのか気になっていたが、忘れていて、たまたま手にとった音楽集団フェルマータのパンフレットを見て、内容を知れる良い機会だと思った。


子供向けの劇かと思いつつ会場へ来てみると、たしかに子供もいるが、親子連れと同じように年輩の人もいる。陶芸でもしていそうな貫禄ある風貌の人もいる。昨日も、昼にも公演があったからだろうか、大ホールは満席ではなく、良い席を自由に選べるゆとりがあり、オーケストラピットをのぞくと、エレクトーンが数台見えて、管楽器もあった。


公演内容を予想をしていなかったので、これほど完成されたミュージカルを観ることができたのは幸いだった。歌と台詞をひろうためにつけられたマイクや、ドラムセットのあるオーケストラと音楽の色合いの好みは分かれるにしても、妥協なき本物の舞台だった。ミュージカルを観た経験は乏しく、劇団四季の「アンデルセン」と、これはオペラ作品かも知れないが日本語による歌だったこんにゃく座の「ねずみの涙」くらいで、巧拙の判断はつかないが、明確な性格が表れた歌唱と演技力はとてもわかりやすい。幕開け直後は劇に馴染めずに窺うような姿勢でいたが、エルファバとグリンダが同室で過ごすことが決まるあたりから、物語がつかめてきて、面白さがぐんと増してくる。


物語の内容も公演時間もわからないので、目的地と所要時間のわからないバスに乗るようなもので、展開していく目の前のシーンを一つ一つ楽しんでいくと、エルファバが舞台装置の高い所から迫力ある演技と歌唱で凄みながら幕は降りる。これで終わりかと思ったら、休憩に入るとのこと。この時点で1時間半は経過していた。これは大きな芝居だと、この時点で良い作品を観に来ているのだと実感した。


昔NHKのラジオで、山田耕筰さんだっただろうか、日本の作曲家の歌劇についての番組があり、その時に流れていた日本語の朗唱を思い出した。外国語のような流れる音節はなく、日本語のラップと同じようにどうしても泥臭く聞こえてしまうが、それでも、言葉の意味が直に伝わる効果は格段にある。音楽も歌詞も判然としていて、なおかつ声量も演技力もあるので、子供も大人も楽しめる舞台となっている。


舞台装置は細部まで凝ったものではなくても、最低限の高低差を上手に利用して、奥行きのある演出となっていた。舞台衣装もファイナルファンタジーらしい銀髪や、魔女のローブも雰囲気が出ていて、エルファバの緑色の顔、ブリキ男の全身の銀色、空飛ぶ猿の奇怪な姿、山羊の先生の髭と蹄等、それぞれの姿は登場人物にとてもフィットしていて、物語の世界を色濃く飾っていた。


この舞台に感動したのは、とにかく脚本が優れていて、勧善懲悪ではない人間の本質を見事につき、映画で言えば「スターウォーズ」のアナキン・スカイウォーカーの変化や、天使で言えばルシファーの堕落を想起させる反転……、とまではいかず、不正に対して率直な反応をした存在が、周囲の陰謀や狡知により悪い色をつけられてしまい、本人はその状況に従ってやむをえず変化するも、実際は染まりきらずにいる。声を失わされる動物に対して義憤を覚える正義は、権力の身勝手による圧力により仕組まれ、身内の不幸も重なり、追い込まれていく。


単純に物語を楽しめる中で、それぞれの登場人物の思惑が様々に変化していく過程が実に巧みに、無理なく推移していて、伏線の回収が涙を誘っていく。シーンの切り替わりにもたつきがなく、子供の時から、大人になるまでの短くない物語を、語りすぎず、描きすぎず、ちょうど良いバランスで構成されているので、簡単には抜け出せないほど物語に引き込まれてしまう。


ボック役の大杉さんやマダム・モリブル役の松川さんなど、それぞれ味のある出演者が多いなかでも、エルファバ役の水野さんとグリンダ役の大賀さんは鮮明な光と影を表していた。この二人の友情の物語がこれほど胸に迫ってくるのは、マイクなど必要のない特徴的な発声と、演技による磁力によるものだろう。登場からプリキュアのような輝かしい存在感を示し、とても憎めない人物として健やかに成長していくグリンダに、憧れと友情をいつまでも保持して、誰からも愛される人物でいて欲しいとグリンダに吐露するエルファバを観て、今もこうして考えただけで、かけがえのない友人を持つことは、どれだけ人生を素晴らしいものにするのだと、心が騒いでしまう。


とにかく素晴らしい舞台だったので、次回は2020年9月の「レ・ミゼラブル」だ。熱意を持った本格的なミュージカルだから、もっと色々な人に足を運んでもらえればと思ってしまう。

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