8月16日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでクリス・マルケル監督の「イヴ・モンタン~ある長距離歌手の孤独~」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでクリス・マルケル監督の「イヴ・モンタン~ある長距離歌手の孤独~」を観る。


1974年 フランス パンドラ 63分 カラー Blu-ray  日本語字幕


監督・編集:クリス・マルケル

出演:イヴ・モンタン、ボブ・カステラ


邦題をちらっと見ただけで来たから、勝手に長距離トラックドライバーのドキュメンタリーだと思っていたら、フランス語の原題にはそれらしき言葉は使われていない。


1970年代のチリでの政治的な事件により、多くの混乱と死者が出た事に対しての支援コンサートが行われて、冒頭のシーンでランニングする男性は歌うらしい。トラックドライバーが歌う、何を、素人が、そんな疑問が浮かんだ。


「北京の日曜日」や「ある闘いの記述」と異なり、また対象に語らせながらナレーションも入る「不思議なクミコ」とも違って、この映画の存在はイヴ・モンタンという男性の為にある。あまりに叱られて、気晴らしにバッハの平均律クラヴィーアらしき曲を弾くボブというピアニストも登場するが、ドン・キホーテとサンチョ・パンサほどの関係には至らない。それでも噴火して怒られる光景は、信頼と独裁にあるようだ。


支援コンサートに向けてのリハーサル映像が主となっている。とことん細部までこだわって準備をするイヴ・モンタンという男性は、まさに火炎のような男で、簡単に燃えあがり、気ままに炎の舌を広げて、昨日の表現の感じを捨てて突然思いついたことをバンドメンバーに押しつける。この横暴とも、暴慢とも思える自我の存在ではあるが、精密機械のような感覚で表現を追求するも、歌詞をとばしていることに本人は気づかず、ボブのピアノが間違っていると繰り返し練習して、物凄い爆発をする。悄気たボブがどうにか間違いを伝えることができると、一瞬考えて、飯を食べに行くとする。この変わり身は、周囲にいればたまったものではないが、離れて見ている者からすると、ありのままの人間臭さがある。


前半で、並のトラックドライバーではないと気づかされ、これはそんな長距離の物語ではないと確信した。リハーサル中の歌声と表現の豊かさ、身振り手振りは、ほとんどフランスのシャンソン歌手を知らない中で、唯一男性歌手として知っているジャックブレルと同等の力量を持ち、歴史に残るほどの傑物に見える。美空ひばりか、それ以上の存在だろう。


トスカニーニやジョージ・セルなどの、猛練習と苛烈な態度と聞いたことのある名指揮者が頭に浮かんだ。とある映画監督や著名な演出家もそうだろう。妥協を知らない火薬の塊が、ありありと映されている。


至極自然な状態である歌手の、正直な映像だ。作り物ではない、生きたままの巨大ななまものに、圧倒され、魅惑されるだろう。この皺の深いカリスマそのものは、チリの情勢に心を打たれて動いたのだ。それは最近、近い人が、香港の情勢に悲しんでいるのと同じ理由で。


もちろんトラックドライバーではなく、邦題の長距離は、de fondがあてはめられたのだろう。家に帰って人物を調べれば、心に残った映画作品の一つだった「恐怖の報酬」のマリオだった。アラン・レネ監督などの作品に出演しているとカットが入っていたが、まさか、あの、ニトログリセリンを運び、喜んで崖に転落したトラックドライバーだったとは気づきもしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る