7月12日(金) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第392回定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第392回定期演奏会」を聴く。


指揮:秋山和慶

ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

コンサートマスター:佐久間聡一


献奏

チャイコフスキー:組曲第4番ト長調「モーツァルティアーナ」~祈り


フォーレ:管弦楽組曲「ペレアスとメリザンド」

サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ

ラヴェル:ツィガーヌ

フローラン・シュミット:バレエ音楽「サロメの悲劇」


アンコール

サン=サーンス:動物の謝肉祭第13番「白鳥」


献奏から始まる。広島交響楽団名誉創立指揮者でエリザベト音楽大学第4代学長を務められた井上一清氏の逝去への追悼演奏だ。この方を自分は初めて知ったが、広島市民交響楽団の創立に携わり、初代常任指揮者としてどれほどの功績を残したかは、その断片を一方的に親しんできた今の広島交響楽団の活動と、柔らかな管楽器から入り、普段聴いているどの曲調とも異なる懐かしむような、しんみりとした音色が優しく、広島での音楽の普及と発展に尽力した故人への追憶が、感謝と安らぎで溢れていて、悲しいのだが、心安らかに眠ってくださいという想いから伝わってきた。こうして広島で音楽を身近に聴ける環境の礎を築かれた恩恵を、強く身に感じた。


フォーレの曲は、プログラム・ノートに“秋山さんはフランス近現代音楽をもっとも得意とする”と書いてあるとおり、華美になりすぎない細やかなニュアンスが全体にあり、色っぽさは純な日本のしとやかさにあるようで、けばけばしさなど微塵もない綺麗な音楽だった。


サン=サーンスは、アラベラ・美歩・シュタインバッハーさんがオイストラフのように厚みのある暖かな音色で、低音部の強く弾く和音が、デジタルではなく、モノクロの古い演奏を聴くように豊かな情感で表れていた。冷たさや鋭さが表れず、早いパッセージにも落ち着いた響きがあり、“イブリー・ギトリスから多大な音楽的影響と指導を受けた”と書いてあるが、自分はギトリスをよく知らないので、どのような影響を受けたのか指導した人物の音色が気になった。


ラヴェルは、クラシック音楽の聴き始めに五嶋龍さんのヴァイオリンで繰り返し聴いた大好きな曲で、生の演奏で接するのは初めてだった。音源では聴きとれない微細な表現がこれほどあるのかと、男性的ではない雄々しさ、いわばロマの人々の持つ純粋な生活の力を堂々と演奏していて、思い出しのは、カレー屋さんで質の良い音響設備で聴いた五嶋みどりさんの「ツィガーヌ」で、そういえば、姉弟でもこれほど表現が異なるのだと今さらに思い至った。独奏は圧巻の音楽だったが、オーケストラとの呼吸は少し息苦しく感じてしまい、サン=サーンスでも気になったが、やや、綱渡りで進行していくような調子を感じた。変則的なテンポが危うく、緩慢ともとれるほどで、これはこれで、根なし草とも呼べるロマの旅団生活の不安定さを意味するようにも思えた。


アンコールは、たしか動物の謝肉祭の「白鳥」で、チェロではなくヴァイオリンでの演奏だった。優美な音色に孤高の白鳥を感じて、やはり全体として、柔らかい音色の、とても好ましいヴァイオリンだとしみじみした。


フローラン・シュミットは、今日初めて聴いた作曲家で、バレエ音楽のこの序曲に、ドビュッシーらしい半音階による諧調が聴こえ、ハープも似たような調子を響かせていた。とても似ていると思っていると、ストラヴィンスキーの世代の影響を感じさせる変則的なテンポによる弦の動きと、打楽器の鳴りが強い爆発的な箇所が多くあり、当初は黙劇の付随音楽として作られ、次に小編成の室内オーケストラに、それから大編成の管弦楽組曲に書き改められて、そしてディアギレフの勧めでバレエ音楽に改作された経緯が物語られていないこともなかった。馴染みのなさによって曲からの効果が感じにくく、途中少しだれてしまったが、後半では秋山さんの鬼気迫るともみえる渾身の指揮が素晴らしかった。


演奏後、秋山さんが嬉しそうに広響の楽団員と握手を交わす姿を観ていて、故井上一清さんの知らない姿が頭に浮かび、歳月と積み重ねの結果が複層して、もはや若くない自分が、今になって若い人間のように広島で色々と接して、積み上げ始めているように思えてしまい、昔を知っている人が羨ましくなった。継続してこそ、秋山さんと団員のコミュニケーションの和やかさがあるのだろう。歴史というにはまだ近いが、始まりの点ではなく、引かれた線の途中を感じた演奏会だった。

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