6月27日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでフレデリック・ワイズマン監督の「モデル」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでフレデリック・ワイズマン監督の「モデル」を観る。


1980年 129分 白黒 16mm 日本語字幕


その瞬間のあったかは定かではないが、身のまわりにありふれた物のほぼ全てが人の手によって造られていることを知り、小石や落葉のように脈々とした必然から生じた必要の結晶に、世界の深さと細かさに畏敬の念を感じたことがあった。健康産業の会社が作ったカレンダーに載る小さな子供の写真や、健康器具の商品チラシの誰かもわからない人々等、新聞の折込チラシ、雑誌、テレビまで、人間のモデルはいくらでも存在しているのに、画鋲やクリップのような小さな物に対する関心を持っていなかったことに気づかされた。


商品イメージを最適に伝える瞬間の写真が残るまでに、膨大なプロセスがあった。モデルとなる人物が街を歩いていれば、必ず衆目を集めて、抜きん出た存在であることは否応なく知れるが、モデル事務所に面接へ行けば、美人という言葉で括られることなく、顔を形作るパーツを綿密に調べられて、今までは気品のある高級なイメージの仕事をしてきたかもしれないが、もっと柔らかい、親しみのあるアメリカ的なイメージが向いている、などと、細かい要因を分析されて不向きではない仕事へと回される。しかしそれでも、モデル事務所に面接に来る2~5パーセントの人間だけが採用されて、そのうちの多くが半年も耐えられないという非常に厳しい世界だ。


セットされた白い背景にモデルは立ち、カメラマンは米軍の基礎訓練で動きを修正させようとする上官のごとく口を動かし続けるが、ほとんど高揚とする褒め言葉を交えてだから、気分良くポーズを変えていける。大人っぽく、明るく、無邪気に笑って、落ち着いた様子で、このような注文に対して、モデルはためらいなどない正確な動きで顔を整えて、的確に注文するニュアンスを表している。役を演じるのは似ているが、俳優と違って固定される瞬間を作るこの技術を目の当たりにすると、プロフェッショナルとしてのモデルの仕事を実感できる。


ブランド商品のCM撮影では、固定された表現媒体と異なり、カメラマンは映画監督かのように繰り返し繰り返しモデルに動作を注文して、実際に自分でその動きを見せて、納得のいくまで何度も撮影を続ける。コンマ1秒に意図する情報を凝縮するCMという広告では、垂れ流しに褒めるのではなく、指揮者がイメージする音を演奏者に要求するような執拗さで調整して引き出していく。そのしつこさは観ているほうもたまらず、タイツを履いた足が順々に上げられる映像のために、モデルは70テイク以上も脚を上げた。たかがこれだけの為に、そんな言葉がつい出てしまうような仕事をしないといけない。


ただ、弁護士という肩書を持つフレデリック・ワイズマン監督は外でのCM撮影風景のショットを編集するのに、何度も何度もニューヨーク市民のカットを挟んでおり、窓から見下ろす人や、立ち止まっている人、カメラの前を横切る人などがほぼ同等の頻度で登場する。また、今も存在するのだろうか、マラケシュのフナ広場など海外の観光地にいるおもちゃを動かしてデモンストレーションする売り子や、野菜を荷車で運ぶ人、共産主義という単語を使って叫ぶ物乞いなどのカットも全編に挿入される。この編集の意図を安易に汲み取れないが、ここに監督の目線の意味があるように思われる。


ラストはファッションショーで終わるが、その準備の為にモデル達の化粧する姿や、音楽を流して踊りあい、アジア系の関係者の男を着飾って皆で楽しく笑ったりと、それはとても和気藹々とした風景だ。


モデルの仕事は、男性なら20年くらいで、女性はもっと短いと事務所の面接管に語られるシーンがある。その間に、モデル達は一生分のお金を稼ぐそうだ。モデルの素行を問われるシーンもあるが、弁護士でも頭の悪い者や、知性を欠くのがいると答える。弁護士の監督だから、はたして演出だろうかと思うが、自然と生まれたカットだろう。


華々しい仕事であるモデルは、スポットライトに当たるスポーツ選手やバレリーナなどの仕事同様に陰の苦労があるも、やりがいはあり、モデルは一生懸命に働いている。ただ、それはニューヨークの街に立ち、動き回る労働者と変わらないことを伝えているようにも思えてしまう。

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