6月9日(日) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで山本薩夫監督の「あゝ野麦峠」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで山本薩夫監督の「あゝ野麦峠」を観る。


1979年(昭和54年) 新日本映画 153分 カラー 35mm


監督:山本薩夫

脚本:服部佳

撮影:小林節雄

音楽:佐藤優

出演:大竹しのぶ、原田美枝子、友里千賀子、古手川祐子、三國連太郎、地井武男


なんとなく聞いたことのある映画作品が上映されるとなると、ミーハーな気持ちの諸元らしきものに突き動かされて観に行きたくなる。約2時間半という短くない上映時間に少し怯んでしまうも、10時半の上映時間に合わせて劇場へ向かう。


広島市映像文化ライブラリーの作品上映は一日にたいてい2回か3回あり、午前中、昼過ぎ、そして夕方にあり、午前中はなるべく避けるようにしている。この時間はお年寄りが好むから、わりと混み合うのだ。


今日はほぼ満席に近い。「砂の器」もたしか多かったから、思い出によって集まるのだろうか。


有名らしい名前の作品に惹かれたのもあるが、最も観たかったのは大竹しのぶさんの演技で、野村芳太郎監督の「事件」ですっかり気に入ってしまった。


タイトルロールが始まるまでの雪山の行軍の映像は迫力があり、製糸工場に着くまでのどのカットも撮るのが本当に大変だったと思わせられる。蟻のように連なる人間のロングショットは、過酷な地理条件によってはじめて生まれるもので、島国の日本でもこれほどの自然があることを驚かされる。出演者の赤くなった手は、凍傷になるのではないか。


製糸工場に娘たちが着いてからの流れは、江田島海軍学校や、呉の造船場を舞台にした若者の映画と似ていて、賑やかな共同生活に、昔の日本にはごろごろしていたのであろう鬼のような上司が高圧的に、とうぜん暴力も交えて教育する。昔の若者は元気だから、これくらいにするのが良いのだろう。最近読んだサアディーの「ゴレスターン」に、口悪く、暴虐な先生がいた時は生徒達は静かにしていたが、その人が追放されて人徳のある人が先生になると、生徒は言うことを聞かず図に乗ってしまい、締りがなくなり、性格の悪い、粗暴な先生が再び必要とされた、そんなような話があった。目には目を、歯には歯を、ではないが、荒い者には荒い者で対処するほうがうまくいくらしい。


お転婆で騒々しい工女達の中で、大竹しのぶさんの役は利他的な、健気な少女を演じられていて、屈託のないように見える笑顔が素敵な人物は、これが素顔の大竹しのぶさんと思わせるほどに見える。これが演技なのだろう。人の為になることを良しとする考え方が第一にあり、責任感が強いので、落ちこぼれとなった女工が自殺した姿を目の当たりにして、ヒステリックに泣き叫ぶ。この迫力は「事件」でもあり、この思い入れの強さをああも演じられるから、この女優さんに魅力を感じるのだろう。


笑い顔、戸惑い顔、面倒見の良い顔、甘える顔、この女優さんは昨日観たピアニストの奥井紫麻さんのように無垢が演じているようにみえるから、どれもわざとらしさがなく、すっきりしている。それでいて怖い迫力がある。昨日と同じようなことを書いている。


やや喜劇的な三國連太郎さんに、鼻筋が整って決然とした演技が綺麗な原田美枝子さん、それに散歩しか知らなかった地井武男さんの頼りになる男振りには胸が熱くなる。


時代に翻弄される女工と工場主が個性ある役者さんに演じられていて、過ぎ去った日本の歴史の一場面が無常に描かれている。きゃっきゃっと騒ぎ、辛抱して働く女工さん達が、最後に念仏かお経を唱える場面は、西洋でいう聖女はこうして生まれたのだろうと思わせる。


ただ、自分の隣に座っていた婆さんの独り言が多く、懐かしさがこみ上げてしまい、大竹しのぶさんが野麦峠で亡くなる場面に近づくと、「ああ、死んじゃう、死んじゃう」とつぶやいて種明かしをしていた。女工が育つと婆さんになる。女性が言葉を漏らすのはしかたがないことだと、何の根拠なく納得させられた。

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