6月8日(土) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団 第391回 定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団 第391回 定期演奏会」を聴く。


指揮:イルジー・ローゼン

ピアノ:奥井紫麻

コンサート・ミストレス:蔵川瑠美


ステンハンマル:交響的序曲「エクセルシオール!」

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調

ニルセン:交響曲第4番 「不滅」

アンコール

スクリャービン:ワルツop38


最近は、指揮者の違いによる音楽の奏で方を楽しめるようになった気はしたが、聴いたことのない曲となるとやはりわからない。葛飾区立中央図書館の多くと町田市立中央図書館の少しのCDが自分のクラシック音楽の基礎となっていて、有名な楽曲のほとんどはMP3で持っているので大抵の曲は聴いたことはあるが、ステンハンマルの曲は少し前のNHK交響楽団のテレビ放送でパーヴォ・ヤルヴィが振っていた時に初めて知った。


自分よりもちょうど10歳も若い今日の指揮者のイルジー・ローゼンさんは、ステンハンマルの曲で弦のフレージングがとても伸びやかに聴こえた。下野さんや秋山さんを主とした日本の指揮者に比べて、丸みと温かみよりも、直線よりも曲線の昇るニュアンスに細やかな艶があり、どことなく静けさを含んでいるように聴こえた。おそらく、チェコの指揮者ということで、ドヴォルザークの響きをそこに見ようとしたのだろうか。スラブ人の音楽に聴こえる、自然を基本とした広い空間の響きというか、瞑想的な息遣いの伝統がイルジー・ローゼンさんにも宿っているように思えた。


奥井紫麻さんのグリーグは、自分は滅多に聴かない曲だが最近ツィマーマンのピアノでショパンの後に聴いたばかりなので予習できたような形となり、音色の違いが良くわかった……、というよりも、比較なしに音色そもそもが明瞭に表れていた。入りの音で、まだ15歳なのに随分と地味だと思ってすぐに、なんて錯覚をしたのだろうか、ドビュッシーのピアノ曲を想起させる水の音に聴こえた。細く長い指による柔らかいタッチが芯はあるも固くなく、水でも濁りなく澄んでいながら冷たさよりも優しさを含むようで、関係ないのに、メリザンドの人物像をそのまま映したような音色に聴こえた。村上龍の小説「限りなく透明に近いブルー」という言葉が浮かぶほど、限りないイノセントというのか、若いのに気負いや衒いがまったく感じられず、素直な音楽性がスケールの大きさでゆったりと奏でられていた。それでいてロシアらしい輝かしい音色もあれば、カデンツァの低音ではホロヴィッツのハンマーを打ち下ろすような鋭い強さもあり、表現の幅は広くも純粋な心根によるもので、それがかえって怖さを感じさせる。あまりにも若く、無垢で、妖精のような人間離れした性質を感じさせる。アンコールのスクリャービンも、グリーグと基本の音色はそう変わらないが、表現の幅と奥行を見せようとして見せたのではなく、ただ深い音楽性と解釈によってそのまま見せただけのような演奏で、この若さに、この技術に表現力、浅田真央選手のような珍しい才能だろうと思わせるものだった。


演奏後の姿も、表情に興味が湧いた。8歳でオーケストラと初共演して、12歳でゲルギエフと共演するという並々ならぬ経歴ながら、たたずまいはおぼこそのものだ。まるで立っていられないかのように、指揮者のイルジー・ローゼンさんに何度か手を差し伸べて一緒に観衆に礼をする。それは感謝か、それとも他の何かか。演奏中も指揮者はソリストに何度も顔を向けていた。ガラスのように鋭くはないが、やはりあまりにも玉のような人なのだろう。どのように成長していくのだろうか。


ニルセンは、第1楽章始めのティンパニーの音が印象的で、それだけでこの曲を覚えていたが、シベリウスらしい壮大な自然を感じさせる金管楽器の響きもあり、大好きなフーガらしい箇所もあり、それほど聴き慣れていないからとても新鮮にこの音楽を楽しめることができた。マーラーを知ってから緩徐楽章が味わえるようになったので、切れ目のないこの曲の第3部の弦の響き合いが素晴らしく、やはり外国人はスケールが日本人と異なると思わせるティンパニー2群による大きな盛り上がりの第4部などは、最近聴いた下野さんのブルックナーの頑健な構成と異なり、より大きく飛翔するかのような伸びやかさが絡まりあっていた。


今回のプログラムが、新たな出会い、とあり、なんだかほっとする出会いに思えた。ふと日常の、旅行中の、自分よりも年齢の若い人に会った記憶で、意志薄弱というか、エネルギーのない、頭はあるのだが好奇心のない人達を思い出したが、それで若い人を代表できるものでもなく、別の人もいるという当然のことを知らされた。今日の指揮者さんとソリストさんは、伝統の上にはっきりと立っている。そんな懐かしさの中の新しさが、良き世代による刷新だと嬉しくなった。

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