6月3日(月) 広島市中区八丁堀にあるサロンシネマでアルベール・デュポンテル監督の「天国でまた会おう」を観る。

広島市中区八丁堀にあるサロンシネマでアルベール・デュポンテル監督の「天国でまた会おう」を観る。


2017年 フランス キノフィルムズ 117分


監督:アルベール・デュポンテル

原作:ピエール・ルメートル

脚本:アルベール・デュポンテル、ピエール・ルメートル

出演:ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、アルベール・デュポンテル、ローラン・ラフィット、ニエル・アレストリュプ、エミリー・ドゥケンヌ


近頃は日本の古い映画を観ることが多いので、最近の映画を観ると発達したカメラワークに目眩をおこしそうになる。CGと実際の映像の違いがわからず、回想が始まり、戦場を走る犬を追いかけるカメラに、野営地に飛び込んで伝書鳩らしき役割を果たすまでついていき、それからも自由自在に動く。柔軟に、効果的に、獲物を狙う執拗さでカメラは画面を追い回していく。戦闘が始まると、爆撃によって飛び散る土と砂粒がとても迫力があり、息をつく暇もない展開が続き、なんだか派手な映画を観に来てしまったなと思った。


ベッドの上の顔半分を覆う包帯に滲み出る血を観ながら、テンポの早い、エンターテイメント性の高い作品なのかと思っていると、モルヒネで幻惑するシーンとなり、それがオカルト映画のような雰囲気がありながら、夢うつつで、後々の伏線としての役割がある。


伏線が巧みに配置されていて、細かい演出に連関と寓意などが多いと、作品に賢しさが出て近づきがたくなる面がある。馬の顔、砂に埋れる、仮面、父と子、それらが因果性を持って映画を繕っている。


野営地で、汚れた顔の兵士がスケッチをしているシーンがあり、その絵がすぐに自分の目にとまった。シーレだ。手を握るカールグリュンヴァルトのポートレイトだろう。自分の持っている画本とは色は異なるが、そのスケッチをしている兵士の虹彩はブルーがとても綺麗で、目の大きさからふと、ダリの若い時を想起させた。


それからも重要な役である口を失った兵士であった絵描きのデッサンは出てくるのだが、どれもシーレの素描で、従軍中に描いたロシア兵がいくつかあり、ダブルセルフのポートレイトもある。このシーレの絵が出てくることはこの映画の色合を示すようで、戦闘の場面を忘れるほど耽美的なマスクや衣装が登場して、ミステリーらしい要素に、不気味な諧謔性に、回想する男性が混じり、人物と出来事は次第に繋がりをみせて本数を減らしていく。


物語の運びや構成も優れた出来にあり、不幸らしく終わりの前にピリオドを打たれながら救いもあり、結果的に後味の悪い結末ではないので、多くの人に納得される優しい映画だという印象がつけられる。


個人的な好みとしては、石田スイさんの「東京喰種」を思い出させるマスクで、その造形の美しさは虚無的で、聞き取れない化け物じみた声に、モルヒネの影響かと思わせる歪で道化のような台詞と体の動きに、まともでない存在として、戦争か、それとも父親にか、生きることを諦めた復讐めいた意図が感じられる。


すこし音楽は使いすぎで、カメラも動きすぎ、物語も無駄なく進んでいくので、作品としての質は高いだろう。観やすい映画だ。それでも自分はこの映画が好ましく、シーレが好きで、それに関連した絵やデザインだけでなく、登場人物の容貌と性格の造形に、ジェームズ・アンソールのような閉じこもった生活にマスク、そして理解をする小さな女の子、まるで糸人形のような運命づけられた印象を受ける。


そして最も惹かれ続けたのは、ターコイズに近づいた澄んで青い虹彩だ。眼が、涙を流した時に、それは宝石と化していた、陳腐な言葉になるが、それが具現化されるのを観るのは別だ。


映画上映前に聴いていたショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」を上映後に再び流し、美、シーレの持つ美、他には決して感じることのできないあの美を、この映画は少しでも追い求めていたのだろうかと考えた。静かで、冷たく、あまりにも瞬間を切り取り、永遠を感じさせる描線は、傷んでやまない。


なぜかショスタコーヴィチのこの曲にも、似たものが見えるようだ。余韻か、勘違いか。こんな時が、とてもいいのだ。

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