5月6日(日) 砥部町で購入したぐい呑みを観る。

砥部町で購入したぐい呑みを観る。


ウメノ青興陶園で買った物は、まだ窯元巡りの初めで、砥部焼らしい白磁器に呉須による藍色の絵付けが欲しく、価格も手頃のこれを見つけた。菖蒲だろうか、涼しげな筆致がゆかしく、購入する時に教えてもらったのは、これは元々煎茶器らしく、小さい急須は近くにあったが、兄弟というか姉妹というか、他の物があったらしく、今は散じてしまったらしい。軽く、薄く、たしかに茶に合うだろう。店員さんが自分の要求を代弁するように、今は茶器をぐい呑みにする人も多いと言っていた。多かろうが、少なかろうが、どっちでもいいが、たしかにこれで酒を飲むには軽い印象は否めないが、やはり女性らしい優美なこれが好ましい。口当たりも軽く、酒のあたりにはやはり物足りないかもしれない。数日経ってひびが二本入ったので、ちょっと残念だ。


風山舎で買った物は、やはり砥部らしい物としてもう一種類欲しく、淡黄磁らしい物が手の届く値段であったので、陶里ヶ丘で見つけた他の物と迷った結果、購入した。厚く、歪み、まるで陶器のようだが、高台の素材はたしかに磁器で、重く、見た目どおりの重厚感が持ち味だろう。ただ、口当たりは他に購入した物に比べて厚ぼったく、繊細ではない印象を拭えない。作った人が言うには、淡黄磁を意図して作ったが、灰色っぽくなっているという。砥部焼伝統産業会館で見たような透徹した黄色がかった白の深みはない。それでも、淡黄磁という砥部焼らしさを思いださせる物だろう。


5人のうつわ市に出展していた勝部亮一さんから買った物は、磁器なのに貫入が入り、その模様は淡くも、それほど細かくなく、まさに作られた味わいだが、白くざらついた肌合いと良く合い、決して古さのない、また砥部焼らしくないのだが、物自体が好ましく、また自分の設定する価格よりも三分の一ほど安く、これを手に入れる機会を逃すべきではないかと、迷いながら購入した。なんかパウル・クレーを想起させるのだ。勝部さんが言うには、特殊な釉薬をつけているらしく、同じ作り方の他の作品は高台にその釉薬が垂れかかったような形で焼成されていた。買ったのは垂れが少なく、貫入の目は細かくなく、ぎざぎざよりも縦横に引いた線の目立つ模様だ。手触りは粉っぽく、口当たりにもその質感はあるが繊細なので悪くはなく、薄くも強そうで、やはり良いものを買ったと納得する。どうやら勝部さんのお父さんは高木ベーカリーのプレゼント用の皿を作っていたらしく、勝部さんはときおり、お父さんの作った皿を思いがけない場所で見かけるそうだ。白磁器に藍の絵付けの作品も作っているらしいが、この日は持ってきておらず、それを見て欲しいと言っていた姿が好印象だった。


5人のうつわ市に出展していた元晴窯で買った物は、ミニチュア特有の引力で、この小さい可愛らしさに惹かれた。、価格を見れば1000円にも届かない。隣に同じ形のがあり、そちらは3000円近くする。この違いはなんだろうかと疑い、勝部さんの作った物だと勘違いして訊ねると、外にいた女性に訊ねてくれて、値札どおりの価格でよいらしい。勝部さんが言うには、高いほうは外側の苔のような発色が出ていて、安いほうはその緑色が少し滲んでいる程度で、思ったほど色が出なかったのが理由ではないかとのこと。しかし形は愛らしくも品があり、見込みは磁器らしいつるっとした肌合いだが、胴と腰は釉薬のかからないきめ細かい磁器のざらつきがあり、むしろ乾いているといったほうがしっくりくる質感だ。薄く、手に持っても安っぽくなく、口当たりは下唇が釉薬のない少し引っかかる触感で、上唇はつるっとしたところに滑らかにあたる。たくさんは注げないが、茶ではなく、酒の合う物らしい小さいながらの風格がある。


英峯窯で買った物は、帰り際に寄ったところで、店じまいにかかった夕日の差し込む頃合で、外で薪を積んでいる男性に入っていいか訊いて、一人空気が浮遊する電球色の室内に見つけたもので、お得コーナーにこれだけが異なった作風で置かれていた。値札がないので訊ねると、どうやらその男性の息子さんの作った物らしく、展示会向けの物ばかり作っていて、と口にこぼし、たしかに広くない店内の中央にある机に、普段使いとは異なる鑑賞用の物が製図のような紙の上に置いてあり、白磁に暖かみのある花弁のような藍色の絵付けの他の物はこの男性が作ったらしい。親子で作風が異なっていて、面白い。値札を貼っていないからと男性はつぶやき、これまた驚くべきワンコインで買うことができてしまった。見込みに小さな火の粉で焦げたような痕があり、これがお得コーナーに運ばせたのだろう。これに目をつぶれば、今日買った中でも気品のある、磁器らしい肌合いに、砥部らしくない他の産地の絵付けみたいだが、濃紺の中で白に挟まれた緑と赤のラインは風格がある。持った感じもちょうどよく、口縁の曲線が唇に合い、また厚みもよく、この時買った物で最も美味しく酒が飲める。薄くも頑丈そうで、そうそうにひびは入らなさそうだ。もっと庶民的な親しみのある物を作る男性のではなく、唯一置いてあった息子さんの物を選ぶことは、どんな意味を与えただろうか。矜持にどのような刺激を与えただろうか。ただ、こんなことで揺れるようなことはないだろう。橙の明かりに埃の浮かぶ店内の静けさで、砥部町観光で最も幽玄な時間を過ごした場所での器だ。

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