5月5日(日) 松山市丸之内にある「松山城」を観る。

松山市丸之内にある「松山城」を観る。


朝起きて、すぐに漫画喫茶を出て、昨日買ったパンをかじりながら駅へ向かう。ナイトパックは10時間で、入店したのが遅くなかったから、まだ7時前だ。


松山市駅に着く。どこを観光しようか迷っていたが、日がのぼりきる前の涼しい時間に山を登るのが良いと考え、市電に乗って大街道まで行く。ロープウェイ街を歩くが、店はほとんど閉まっており、街路樹のヒトツバタゴの花が白く目立ち、甘い香りが漂っている。


市電の駅員さんに登山道を尋ねたとおり、リフト乗り場近くの道を登る。やはり人は少なく、小鳥の囀りが聞こえる良い朝だ。


東雲神社の門が見えると、その先にヒトツバタゴの花が階段を塞いで見える。


比治山以外に山を登ることはないので、久しぶりに山の木々を見ながら歩く。光の透く緑の輝きや、様々な形の幹と枝に飽きない。すぐに石垣が見えてくる。


立派な曲線の風格ある石垣だ。端の方以外はごろごろした石で積まれ、隙間にも小石がある。いくつかの門をくぐり、櫓を見上げて、城郭へ入る。黄土の砂の広い敷地に茶屋などがあり、向こうに天守が見える。


チケットを買うと、ちょうど開門前で、人々が待っている。門の向こうからの呼び声に観光客は応えて、門は開く。まだ混雑はなく、この連休中は昼になるとすごいことになるらしい。


石垣は隙間がなくなり、お品がでてくる。木材の縁に鉄の張られた筋鉄門が他の門と様子が異なり、なぜか荒法師の姿が頭に浮かぶ。


天守に入り、広島城とは決定的に異なった雰囲気に、正直まったく期待することなく、そもそも考えてもいなかった松山城の観光名所としての力量に驚いた。城があるから来てみた、それは教会があったから寄ってみたと同じ理屈なのだが、江戸の後半に再建されたとあるも、入った瞬間から空気が変わり、木材の薫りが充満している。まるで酒蔵や墓場などに入るように、独特の雰囲気があるも、それはカビの混じった忘れ去られた臭いではなく、多くの人々が通り、生きた空間の中での芳香だ。並でない木をまるまる使った太い柱や梁に、本物の城の味わいの大きさを観た。


内部には甲冑や刀、槍などが展示されていて、光を使ったインスタレーション作品もあるが、ちょっとした窓からの日差しによる陰影や、柱に残った筆の跡なども楽しむことができて、特に狭間のデザインが優れており、そのモダンな窓のようなすっきりした枠から覗く外は、ピストルの想像力をとてもかきたてるもので、能や狂言、落語観賞はイメージする力を必要とすると言われるが、歴史的遺物を観るのに最も大切なのは、同様の力なのだと広島城の内部を思い出す。ルーブル、エルミタージュ、規模は違えど、本物の素晴らしい城だ。


天守から外を眺める。この小高い山に建てられた城郭の一部を見て、城は地形も大切なのだと今更に気がつく。まるで方舟のように松山市内に浮かぶこの一角は、今は新緑に萌えているが、少し前なら桜で華やいでいたのだろう。今日は靄がかかっていて、遠望は霞んでいるが、空気の澄んだ日の眺望は格別だろう。毎日、城の人間はこの景色を見ていたのだ。下界を見下ろす、まさに上層部の眺めだ。


天守で少しぼっとする。前にどこの城に登ったのだろうか、その時も、眺望と一緒に、吹き込んでくる風が心地よかったのを思い出す。冬では寒いだろう。城に来るなら、風の良い時候に限るだろうなと、馴染みない松山市内を見続ける。

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