5月4日(土) 松山市道後湯之町にある坊っちゃんカラクリ時計前の屋台で三津浜焼きを食べる。

松山市道後湯之町にある坊っちゃんカラクリ時計前の屋台で三津浜焼きを食べる。


良い湯かわからないが、さっぱりと温泉に浸かったあとは何かを食べようと、道後商店街を歩くも、期待していないとおり食べるものは見つからない。名物だという鯛めしの店はどこも行列ができている。これでは、せっかくの気分も変わってしまう。こんなに並んで待って食べるのでは、時宜を逃してしまう。


松山市駅に戻って何か食べようかと考えていると、カラクリ時計台の前に三津浜焼きというお好み焼きの屋台があり、鉄板の上に整然とできあがったものが並んでいる。待つことはない、これが良いだろう。600円払って買い、白いテントの張られたほとんど人のいないスペースに移動して座る。ファストフードだ。


松山の中の1つの名物だという皿の上の三津浜焼きは、思ったよりも大きい。分厚い。何かしらの魚の粉が上にまぶしてあり、広島のお好み焼きに似ているが、すこし違う。さっそく割り箸でつついてみると、なかなか切れないので、かぶりつくことにする。


温泉に入ってのんびりした心地だと思っていたが、自分の中のペースはほとんど変わっていないことに気づく。かゆみの焦りに取り憑かれたまま、まるで都心部で働くスーツ姿の人間のように時間を餌にして、急いで食べている。砥部で買った初雪盃の純米酒の小瓶を取り出し、テーブルに置き、それを合わせる。合うのかわからないが、やさぐれたような気分が募り、古い日活映画に登場しそうなチンピラらしい風情に浸る。


これは良い判断だと納得しながら、がつがつ食べた。道行く人は、男女の組や、家族連れ、同性の三人組などで、屋台を見るが食事の選択肢に入らない。体の大きな男の一人旅行者が、自分と同じように三津浜焼きを持ってテントにやってくる。それでいいのだと、一人でうなずく。一体何様のつもりだろう。


卵が分厚く重なり、甘く濃い味付けは、少し冷えた三津浜焼きにちょうどよい。広島の有名なチェーン店で食べたお好み焼きを思い出した。たしかひき肉か背脂を使って表面をカリカリに仕上げるのだが、まさに薄っぺらい味で、平べったく、こってりした味は表面から味わえるも、肝心なキャベツと卵の重なり具合がうまくなく、また塩胡椒も足りないので味がなく、キャベツの切り方もお粗末とくるから、どうしてこのお好み焼きが人気があるのだろうかと首をひねった。それに比べると、この屋台の三津浜焼きは腕が違う。これはとてもうまくできあがっている。屋台という条件下で、考えられ、形が完成されている。


屋台というのは、値段が高いばかりで味と量は見合わないという先入観があり、あまり食べたいと思っていなかったが、この三津浜焼きで思い違いをしていたと教えられた。


この時ばかりは、整った場面での最適の夕食だと自分の選択に納得がいった。

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