3月28日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでチコ・ペレイラ監督の「ドンキー・ホーテ」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでチコ・ペレイラ監督の「ドンキー・ホーテ」を観る。


2017年 スペイン・ドイツ・イギリス 86分 カラー Ble-ray 日本語・英語字幕


監督:チコ・ペレイラ


冒頭、暁、どこかの草地、カウベルの音、虫の音、ロバの黒いシルエット、固定されたカメラ、大きな声で「ゴリオン!」と叫ばれて、犬が走ってきてロバをけしかける。


この声が、このドキュメンタリー映画の動機となって展開していくとはっきり告げるほどに聴こえた。ヨーロッパや中東、北アフリカを旅行していればどこかで聴こえる、親しみのある荒っぽい大声だ。


声の主の老人男性のマヌエル、叫ばれたゴリオンという名のロバ、それに犬、この三つの生物が何の違和感もない結束のまま、用事を済ませにセビリアあたりからカディスのほうへ遠出する。


動物と人間の関係は、農家ではない自分には経験として持ったことがない。ペットとして犬を家族は飼っていたが、直接の世話に関与しなかったので、深い絆はなかった。他人の赤ちゃんをかわいがる程度の関係だった。それでもいなくなった時はひどく悲しかったが。


では今まで飼育してきた昆虫、両生類、爬虫類、魚類はどうだろうか。比較にならない。今育てている植物もそうだ。


この映画のなかで、人間、ロバ、犬、などと区別することが馬鹿馬鹿しくなるほど、お互いが共生している。三人で道を歩き、野宿すれば、その間に犬がテントの袋を噛んでだめにしてしまい、渡し船への桟橋にかかれば、へそを曲げるとてこでも動かないと聞いたことのあるロバの性質を実際に目の当たりするように、ゴリオンは小さく短い橋を渡らず、それを待つ間に一夜が過ぎ、老人男性は犬に向かって「ゴリオンはどうする、あいつは強情だ」などと愚痴をこぼす。人間と犬は、ロバが橋を渡るのを待つことで一致している。


次の日、手前に人間、桟橋が斜めに続き陸にロバのいる遠近のあるショットで、ロバがロバらしい高い声で鳴く。それで人間はわかるのだ。ムイビエン、ムイビエン、この言葉を何度唱えたか。ようやくロバは橋に脚を踏み出し、男は近づいて安心させて一緒に渡る。これには感動しないわけにはいかない。当然笑いという要素も含まれるのだが、ロバと人間の親愛が美しいのだ。


ズームで自然の風物と一緒にゴリオンが映される画面が割にあり、睫毛の長い白毛のロバは品があり、去勢されているからだろう雄なのにおしとやかで、かわいいのだ。そう、タフで慈愛のある老人男性のマヌエルもそう、名前の忘れたグレイハウンドの犬もそう、それぞれ、各々の関係が、とても愛らしいのだ。


ドン・キホーテではなく、ドンキ・ホーテだからすこし違うけれど、どちらも描かれているのは、滑稽さに惑わされそうになるも、奥には信実な人間性が主題として存在する。騎士道物語を渉猟した結果に妄想と現実が狂って不正を正す旅に出る。心臓や膝に持病を抱えながらも、アメリカのチェロキーインディアンが辿った道を歩いてみたいなどと無謀な考えを持つ。同じとは言わないが、ある意味似ているだろう。


それでも、他人からしたら頭の狂った人間だと思われても、大切なのは常識というまやかしではなく、理性というもったいぶったものでもなく、生物が持つ限りなく本能に近い共生を根源とした友愛だとどちらの物語も言及している。


ゴリオンが甘えてマヌエルの帽子を落とそうとする仕草に、頬の緩まない人がいるだろうか。動物は、理性を持たないから、直感で愛を表現する。


ふと身近に思った。動物のように直感で動く人、理性を持って働く人、失敗は多くむらがある、ミスはないが計算高く狡猾に仕事を選り分ける、時々霊的な力を持つほど気の利いた仕事をする、時宜にあった仕事をするようで下心が見え隠れする、好き嫌いははっきりわかれる。動物のような人は、放っておけないのだ。


他人をそのように見ていると、必ず自分はどうだろうと置き換える癖がある。まったく、いけ好かない男だとつくづく思う。


この映画を観たあとでは、頭でっかちではなく、胸の底でもなく、心の奥でもなく、直情的な反応によるなにかを、もっと体現できればと思ってしまう。こういう文章ばかり書く人間には難しいと思ってしまうが、バランス、要は中庸が大切だと結論づけてしまう。

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