7月22日(日) 広島市西区福島町にある「廣島麺匠こりく」でつけ麺を食べた。

「廣島麺匠こりく」でつけ麺を食べた。


広島のつけ麺と言えば、辛味の汁につけて食べる冷たい麺のことを言う。東京近郊でつけ麺といえば、池袋の大勝軒のような魚介豚骨のこってりしたつけ麺をまず思い浮かべる。


この日に食べたこりくつけ麺は、関東風魚介豚骨つけ麺と()で括られて説明されている。関東でお好み焼きを食べる時に、(広島風)と書いてあるのを広島の人がみたらどう思うだろうか。過剰な郷土への帰属意識で反発する人がいるのを知っている。広島でつけ麺に似たような説明が書かれていたら自分はどう思うか、正しいと思う。大切なのは違いを説明することだ。自分は魚介豚骨のこってりしたつけ麺を食べたかったからこの店へ来たのだ。説明書きがあるから辛味のつけ麺を間違って食べずに済む。関東でも同じことで、広島のお好み焼きを食べたい人の為に広島風と書いてあるだけのことだ。


町田のラーメン屋で食べて育った自分にとって、広島のラーメン文化はえらく異なっていて、方言と同じくらいの差異を感じた。ラーメンといえば、広島ラーメンと呼ばれる豚骨醤油になり、町田の豚骨醤油といえば、「町田屋」のラーメンがベースとなる。広島は福岡に近いからか、麺もどちらかというと細いが、横浜の影響を受けた町田のラーメンは太麺だ。細かい違いは他にも多くあるが、人口約40万の町田のラーメン文化に比べて、人口100万超の広島市のラーメン文化は乏しく感じてしまう。知らないだけかも知れないが、種類が少なく、個々の店の質が落ちる。地元贔屓かもしれないが、町田にあるラーメン屋はおいしい店が多い。駅周辺の狭い範囲に素晴らしいラーメン文化が発達していて、その時の気分を少なくないレパートリーで満たしてくれる。


広島市内に心の底から虜にしてくれるつけ麺を見つけていないので、今回の店は少し期待していた。気張って店探しをするほどラーメン好きでもないが、やっぱり麺は大好きだ。


京成線の高砂駅のすぐ近くに「麺心國もと」というラーメン屋があり、柴又近辺で美味しいラーメン屋に飢えていた当時、忽然と開店したその店のつけ麺は、強烈な一撃で自分を掴まえた。ドイツ語でぎっくり腰のことを、魔女の一撃と言い、たまに食らう嫁の一撃もなかなか強烈でたまらないが、この店の一撃は遥かに強大な魅惑で捉えてくる。タールまでは言わないが、ねっとりとしたセメントのようなどろどろしたスープは極度に濃厚なとんこつと魚介の味で旨味に溢れ、コシの強い極太の麺によく絡みあい、チーズフォンデュのように口に運ばれる。一口目の美味しさといったら温泉に足をつけるような衝撃で、それからは温泉のように体を癒やすのではなく、大抵の人よりは沢山食べることはできるが、焼肉屋に行けば誰よりも早く肉汁に音をあげる自分は、途中で重りをつけて歩かされるように、こってりした味に気持ち悪さを感じてしまうものの、それでも一口一口を内省するように体と相談しつつゆっくり食べていき、絶妙な具合で足してくれるゆずの利いたスープ割りで汁を全部飲み干すまでは、食べきれないと簡単には諦めず、なんとか完食してしまえば、食後は放心状態になり、胃からあの比重の重い沼のスープとニシキヘビのように太い麺が出てくるのを堪えて、のろのろと家に帰り、まずは横になって胃腸にすべての意識を集中させて後日への影響を少なくすべく消化に励む。それでも数日は胃腸が重たくなり、もう二度と食べるかと思うも、一週間後には、物凄い食べたくなる。なぜなら本当に一口目の美味しさは得難い旨さだからだ。


そんな店が広島にも見つかるかと思って、こりくでつけ麺を頼み、運ばれてきたのは、優しいつけ麺だった。汁は香ばしく油が香り、魚介と豚骨の配合はバランス良く、葱も絡んでとてもおいしい。麺は選べて、たまご麺と全粒粉の麺で、今回はたまご麺を選び、後から来た客が自分の隣でハーフアンドハーフらしき頼み方をして、羨ましく思った。


美味しい店だと思う。細身の縮れた麺がスープに絡んで楽々に口へ運ばれる。素材が活かされていて、雑と尖りがなく、味全体がうまく調和していて、とても気を使って料理が純化されている。ただ、スープは麺に味と温度を奪われてしまい、途中で冷めて薄くなってしまう。これは本当に仕方がないことだ。しかし、國もとは違った。あの、ドラゴンクエストの手のモンスター、マドハンドが出てきてもおかしくない蠱惑の沼地は、麺に次次と絡んでも生気を失うことなく、麺に置いていかれるよりも、むしろ麺と一緒に消えてしまうほど相性の良いものだった。


気負う必要もなく、自分の限界を細かく計算する必要もなく、素直に美味しく食べられる店だが、胃腸の状態と相談して戦略が必要とするほどのものではない。


やっぱり國もとを探してしまう。どのつけ麺を食べても、絶対に國もとのつけ麺と比べている。おそらく國もとよりも美味しい麺屋はあるだろうが、今は知らず、惚れ込むのではなく、強烈な特徴によって虜にされた店は、自分という個人にとってただ一軒だけなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る