6月 広島市南区比治山公園にある広島現代美術館で「モダンアート再訪、ダリ、ウォーホルから草間彌生まで、福岡市美術館コレクション展」を観る。

代休を使って広島現代美術館へ行ってきた。


「モダンアート再訪、ダリ、ウォーホルから草間彌生まで、福岡市美術館コレクション展」


パンフレットの表紙にはミロの絵があり、ダリ、シャガール、バスキア、ロスコなどの有名な芸術家の作品が広島で観ることができると前前から楽しみにしていた今回の特別展だ。


しかし実際に行ってみると、海外の著名な芸術家の作品はそれほど多くなく、むしろ日本の芸術家の作品が半数以上だった。


期待していた著名な芸術家の作品は、それなりに良いが、唸るほどの衝撃を与えるほどではなく、まるでシェーンベルクの作品を一流の指揮者と楽団で聴くのではなく、レベルの低くない指揮者と楽団で聴くくらいの味わいだった。


それよりも今回の特別展の構成と、一つ一つの作品を丁寧に解説した内容が良かった。


第1章 夢の中のからだ

レオナール・フジタやホアン・ミロ、マルク・シャガール、ポール・デルヴォー、サルバドール・ダリに、三岸好太郎と藤野一友の絵が展示されていて、始まってすぐに目的としていた料理のいくつかを給仕されたかたちだ。シュルレアリスムを含めた、人の体をテーマにした部屋だった。ダリの品格と超現実は、なぜかクソ真面目だからこそ笑える人を思い出してしまう。これほど気の遠くなる広大な空間と神神しさは、他の追従者の作品には決して見られない。藤野一友もダリに似た作風だが、圧倒的に奥行が異なる。本で見るのでは何も感慨深くなかったポール・デルヴォーが、その神秘的でわざとらしい情景が思ったよりも効果があるのだと意外だった。


第2章 不穏な身体

ジャン・デュビュッフェとイブ・クラインだけが海外の作品で、他は河原温や池田龍雄、工藤哲巳などの日本人の作品ばかりだ。イブ・クラインの「人体測定」が洞窟に残された古代の手の跡を観るようにとても良かった。裸の体にインクをつけ画布に痕をつけたこの作品は、青が鮮烈に美しく、その痕跡を見つめているとそれをつけた人間の動きを見つけているようで、その生生しさから当時のフィルムの断片を、もしくは足跡からその当時の時間の小さな一部を投げつけられるようなイメージを与えられる。制作方法と概念の解説が自分に作品への理解とつながる視点を授けてくれた。ジャン・デュビュッフェの絵具の厚塗りはあまり好きになれず、河原温の漫画のような人物に描かれた天然痘の気持ち悪く不気味な鉛筆画や、海老原喜之助の痛痛しい動きのある絵も目に止まった。


第3章 身体と物体ー九州派・具体・アンフォルメル

アントニ・タピエスとジャン・フォートリエ以外は全部日本人の作品だった気がする。ここが最も良い展示だと思った。海外からの借り物ではなく、九州という地で起こった芸術運動が紹介されていて、アスファルトやペンキ、ラッカなどの日常的な材料をどうして画材に使っているかを各作品ごとに詳しく説明されていて、その当時の時代背景があってこその前衛運動であることを納得させられた。釘や針金を使った似たような作品を別の美術館で観たことはあったが、自分の趣味ではなく、一言で言えばまったく理解できず、美しいとも思っていなかったが、現代アートで重要になってくる芸術の概念を念頭に置いてこそ賞味できるのだと解説を読んでわかった。好きではないが、ここで観た作品を面白く受け止めることができた。特に白髪一雄の作品は前にも観たことがあり、絵具をバターなんてものじゃないくらい厚く塗っているのをみて、正直意味がわからなかったが、床に広げたカンバスの上に絵の具を置き、天井からぶら下がったロープにつかまりながら裸足で描くその作品の制作方法を知り、波が瞬間的に凍結したような絵具の動きもなるほどと思った。製作者の身体の動きが作品にたしかに伝わっていて、アクションペインティングを観る視点を得ることができた。また、この展示室に飾られるとタピエスの良さが際立っていた。海外の巨大な美術館では目に留める余裕と審美眼がなかったので、これまた意外な発見だった。


第4章 転用されるイメージーポップ・アートとその周辺

アルマンの、ガラスケースにぎゅうぎゅう詰めにされた人形の作品は凄みがあった。アンディ・ウォーホルは観るたびに複雑な気持ちになる。桜の開花に対するようでまったく素直になれない。好きじゃないが認めないわけにはいかない。たしな良さと軽薄さがあり、好きになれないが嫌いといってはねつけるわけにもいかない。ロイ・リキテンシュタインの作品に人物は描かれていなかったが、黄色い髪の毛を思い出し、トランプ大統領がベンデイドットで描かれている作品があるのではないかと思った。マーク・トビーの「収穫」という絵が良かった。これも海外の美術館では見過ごされるだろうが、イヤホンでベルクやルトスワフスキー、シュニトケを聴きながら観て回っていたので、ある人には邪道ともいえる味付けになるにしても、音楽の効果が視覚と調和してつまらなく思える対象から似た調子をつなぎ、錯覚かもしれない作品の特徴が引き出された。篠原有司男の「ドリンク!!」という作品は借り物のつなぎ合わせのようでひどい気持ちになった。柳幸典の「二つの中国」という作品を観て、ベネッセアートミュージアムで観た巨大な作品を思い出した。透明のアクリル板に着色した砂を詰めて国旗を表し、それらをビニールチューブでつなぎ、蟻を使って巣を作らせて、壁に展示する。これは本当に面白い作品だと思う。ロバート・ラウシェンバーグのコラージュも良かった。本人の骨格のレントゲン写真の組み合わせに、一年間の干満表?の赤い線が好ましく浮いていた。しかし、この展示室で最も異彩を放っていたのは、風倉匠の作品だった。ビデオが流れていて、それを観ていると、表情の固い禿げ上がった老人がタキシードを着て、どこか美術館の一階の共有スペースみたいな場所で、多くの観客に見つめられるなか、グランドピアノを解体していくのだが、天板を外し、枠などを取り外し、その部品を抱えてピアノ線にぶつけ、ひっかいたりして音を鳴らすのだが、腰でも痛めるのではないかという老人がそれを無表情で行なうので、ひどく不気味というよりも滑稽さが極まり、それから鍵盤を外す際にはひどく苦労し、何度もがんがん揺らしてようやく外した鍵盤を地面に置き、膝を地につけて指を動かして演奏すると、ハンマーが上がって虚しく宙を叩いて、本人がそこに悦を見つけたのか、鳴らないハンマーをおもちゃのメルヘンで次次と上げて、それに飽きれば、大粒の汗を垂らしながら思い切りドライバーを両手でつかんで内部にあるネジを必死で回そうとするも、なかなか回らないからようやく無表情をくずして笑い、金槌でドライバーを叩いてネジの頭にはめ込み、なんとかネジを回して抜いたと思えば、それを放り投げてピアノ線に落とし、なんとも空虚な音を鳴らしたかと思えば、今度は小麦粉の袋を取ってきて、ピアノに二袋以上振りまき、自分も頭から被って白くなり、どこからか革の鞭を手に持って、ピアノ線に向けて不格好に繰り返し叩き続ける。長いので、ここでビデオを観るのを止めて、風倉匠の作品を観ると、ビデオで観たばかりの鞭がガラスケースに残っている。なんてことだ。タイプスリップとはこういうことで、壁にかけられた「ピアノ狂詩曲」という作品には、分解されたピアノの部品が使われていた。この効果は絶大な印象を自分に残した。


第5章 イメージの消失ー抽象と事物

概念が先走った極限への推移を展示品は説明していく。以前は何もわからなかったマーク・ロスコは、ぼやけた三色の作品から今ではそれなりに精神性を感じることができる。ルチオ・フォンタナの緑一色のキャンバスを三箇所切り裂いた作品に鋭く意識を奪われる。フランク・ステラの蛍光色は間抜けだと思っていたら、その存在感は認めることができる。ルイ・カーヌの壁に貼り付けられた黄土色の布は、着物の飾られているように錯覚してしまう。具象の消失していく作品ばかりの展示室だった。


第6章 再来するイメージ

具象は戻ってくる。写真やCG作品も展示されていた。最近良く見かける細密画の作品なんかも時代が進めば何らかの評価をくだされるのだろうか。ここの展示室に観たかったバスキアの絵があったが、この展覧会の企画に比べたら、作品一つで展示会の印象として成り代わるほどの質ではなかった。


今回の特別展の作品数は70前後だ。さっと目を通すだけなら30分もかからない。だからこそ、チケット代を自分に満たすために、じっくり観させることになる。平日の午前中とはいえ、常設展も含めた約4時間の滞在のなかで、来館者は何人いただろうか、おそらく30人もいなかったのではないだろうか。それほど人の少ない広島現代美術館に対して、静かに作品を鑑賞できる喜びを感じながら、マツダスタジアムに並ぶ異様な列を思い浮かべ、これでいいのだろうかと思ってしまう。もちろん、自分はこのままが良いが、作品は観られてなんぼではないだろうか。現代アートの流れを大まかに知れる今回の特別展を企画した方々の意図を考えると、もっと大勢の人に来てもらった方が良いと思う。野球観戦だけでは感性と想像力は磨かれない。配球や投手交代の妙などに考えを巡らすのは楽しいけれど、現代アートを通して作品からその時代の人々を肌で感じて、発想の豊かさを取り込んで実生活に置き換えてみれば、すこしは変った視点で生活に変化をもたらすことができるだろうに。


そうすれば、広島市内を歩く人々の服装の画一性や飲食店の偏った傾向などが崩されて、幅広い特色をこの街が備えることになり、旅行者も豊かな印象を持つだろうに、などと考えてしまう。

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